きれいなお姉さんの秘密 【作者:田中由香里】

「杉田さんってなんかこう、安定感あるよね」

バイト先で店長に言われた言葉を思い出す。

その横で、クスっと笑っていたのはスラっとした足がきれいなリカちゃん。

「あ-、もう少し足が細かったらな……」

鏡に映る自分の姿に愕然とする。

いや、以前はもう少し細かったはず。

ハンバーガーショップでバイトを始めてから、むくみが一段とひどくなった。

夏は冷房で冷え、冬は暖房が入るが足もとは冷える。

結局、冷えと一日中立ちっぱなしのせいか、夕方には足首がゾウのようになってしまうのだ。

足のむくみが取れるだけでも、ちょっとはスラっと見えることだろう。

何よりもむくんだ足は重たくて辛い。

「はぁ〜」

大きくため息をつき、ベッドにもぐりこんだ。

「いってきまーす!」

マフラーをぐるぐると首に巻きながら玄関を出ると、ちょうど隣に住んでいる美佐子さんが家を出るところだった。

背が高く美人でスタイルの良い美佐子さんは、私の憧れ。

今年の春には、遠くへお嫁に行くと聞いている。

「おはようございます!」

「おはよう!真美ちゃん、久しぶりだね」

オフホワイトのコートに、ストールをさりげなく巻く姿は、まるでモデルのよう。

さすがはエステティシャン。肌も髪も手入れが行き届いてツヤツヤ。

思わず見惚れてしまう。

それに比べて、私は。

カラーで傷んだボサボサの髪。最近は肌の調子も良くない。

家から駅までの十五分。

美容のプロに直接相談できる絶好の機会だと、思い切って相談してみた。

「美佐子さん、足のむくみってどうすれば楽になります?ハンバーガーショップでバイトし始めてからむくみがひどくて。夕方には、靴はきつくなるし、足首がなくなってまるでゾウみたい。なんだか足も太くなった気がするんですよね」

「たしかに立ち仕事しているとむくむよね。

真美ちゃん、今夜うちに来る?ゆっくり教えてあげるよ。それにすごーいむくみ取りグッズも用意しておくから」

「本当ですか⁉嬉しい!」

夜が待ち遠しい。きっと美佐子さんの秘密のお手入れ法を教えてくれるんだ!

「美佐子さん、こんばんは!おじゃましまーす」

「いらっしゃい!」

スウェットから見える美佐子さんの脚は、一日中立ち仕事をした後とは思えないほどまったくむくんでいない。

「さぁ入って」

美佐子さんの部屋に通され、中を見渡すが、とくにグッズらしきものはない。

「真美ちゃん、足触るね。」

そう言いながら私の足先からふくらはぎに触れる。

「やっぱり、すごく冷えてるわね。冷えは、美と健康の大敵だから注意して。

毎日、ちゃんとお風呂に浸かって温まって、しっかり睡眠をとることも大事。体調が整えば自然とむくみも解消されるし、肌も髪もきれいになるからね。

それから、特別に私が愛用してるグッズをプレゼントするわ!」

そう言って美佐子さんが取り出したのは、ゴルフボールニ個。

「えっ?ゴルフボール?」

ゴルフボールで、どうするの?

正直、エステティシャン愛用のもっと立派なグッズやマシーンがでてくるものだと期待していた。

「これをね、足の裏にあててゴロゴロ転がすの。椅子に座って、足の下にゴルフボールを置いて転がせばいいのよ。圧も自分が痛気持ち良いくらいに調節できるからとっても便利なの。やってみて」

たしかに。なんとも言えない痛気持ち良い感覚。

美佐子さんによると、足の裏にはたくさんのツボがあって、それを刺激することで血行や胃腸の調子が良くなったり、デトックス効果を高めてくれたりと、良い効果が期待できるらしい。

実際に、美佐子さんは毎日ゴルフボールを持ち歩いていて、仕事の休憩時間やお風呂上りにこまめに足裏やふくらはぎなどを刺激しているそうだ。

春になって、美佐子さんはフィアンセのもとへ旅立った。

あの日から、私はゴルフボールで身体のあちこちをゴロゴロするのが病みつきになっている。

美佐子さんに伝授してもらった、冷え対策で体調も整い、むくみもとれてきた。

「杉田さん、なんか最近きれいになったね。相変わらず仕事には安定感あるし、頼りにしてるよ!」

今さらだが、安定感ってそういうことだったの?

「店長、それセクハラですよ!」

ほんの少し足が細くなっただけで、ちょっとだけ自分に自信が持てるようになった。

私もきれいなお姉さんへの第一歩を踏み出せた気がする……というのは少々厚かましいだろうか。

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作者:田中 由香里