昭和弁当 【作者:田中由香里】

2022-03-30

あれは、忘れもしない保育園のバス遠足の日。

楽しみにしていた水族館。

たくさんの魚が泳ぐのをガラス越しに眺め、大はしゃぎ。イルカショーでは、一番前の席に座ってしっかり水しぶきを頭から浴びて大興奮だった。

そして、お弁当の時間。

「由衣ちゃんのお弁当かわいい!アンパンマンだ~!」

「健太くんのお弁当は、ピカチュウだよ」

見事なキャラ弁を得意げに披露する由衣と健太。

そんな二人の姿を横目に、そーっとお弁当の蓋を開けるやいなや、慌てて閉じた。

「美咲ちゃん、どうしたの?」

大好きな景子先生が、心配そうに私の顔を覗き込む。

「お腹が痛くて食べられない…」

由衣ちゃんのキャラ弁の隣で、自分のお弁当を開くのが恥ずかしかった。

お母さんが作るごはんは、美味しくて大好きだった。

でも、全然おしゃれじゃない。

極めつきは中学校の運動会。

一人でこっそり教室に戻りお弁当を食べていると、同じクラスのうるさい連中がやってきた。

「おーい!見てみろよ!坂井の弁当地味だな」

「それ、女子が食べる弁当じゃないだろ!」

「ほんと、ほんと!まるで昭和だ。弁当がタイムスリップしてるぞ」

私のお弁当を見て、はやし立てた。

「昭和弁当!昭和弁当!」

顔が熱い。お弁当を見られたくない。

私はとっさに片付け、その場から走り去った。

保育園のころのトラウマが蘇る。

そう、私のお弁当におしゃれな食べ物は存在しない。

きんぴらゴボウ、卵焼き、塩じゃけ、筑前煮、ほうれん草のゴマ和え、かぼちゃの煮つけ、ひじき煮、つくねの照り焼き……などなど。

おにぎりはゴマやらじゃこやらの混ぜご飯。普段からやたらとじゃこやシラスがいろいろな料理にプラスされている。

プチトマトでも入っていれば、少しは華やかなのに……でも、トマトは苦手だ。

あいつらの言う通り、全体の昭和感は否めない。

「お母さん!運動会の日くらい、もっとおしゃれなお弁当にしてよ!昭和弁当ってバカにされたじゃない…」

溢れてくる涙で声が震える。

「そんな……泣くほど何か言われたの?ごめんね。お弁当でそんなことになるなんて思ってなかったから」

「由衣のお弁当にはね、かわいい模様の器に入ったグラタンが入ってたり、赤いウインナーのタコさんが入ってたりしてておしゃれなの!それに比べて私のお弁当は全然かわいくないんだもん。恥ずかしくて、いつも蓋で隠しながら食べてるんだから!」

泣きながら、残したお弁当をゴミ箱に捨てた。

「なんてことするの!お母さんは美咲のためを思って作っていたんだけど……わかったわ」

あれ……お母さん泣いてる?それとも怒ってる?

次の日、夢にまでみた憧れのミニグラタンが、私のお弁当に登場した。

ホワイトソースの良い香りがして、お弁当のおしゃれ度が一気にアップした。

憧れだったミニグラタン。

なのに、心底美味しいとは思えなかった。



あれから二十年。

今でもスーパーの冷食コーナーでミニグラタン見ると思い出す。

実は、あのあと三日連続でお弁当に入れられたら飽きてしまった。


結局のところ、私には愛情いっぱいの昭和弁当が一番だった。

よく噛んで、味わって、体に栄養を摂り入れている実感がわく。

お母さんがやたらとじゃこをご飯に混ぜたり卵焼きに入れたりしていたのは、牛乳嫌いの私がカルシウムを摂れるようにと工夫してくれていたからだった。

根菜をたくさん使っていたのも、よく噛む癖をつけさせるため。

おかげで今も、いたって健康。骨も丈夫。

好き嫌いをなくせるようにと調理方法を工夫したり、栄養バランスを考えてくれていたことが親になった今ではよくわかる。

お母さんの作るごはんが、私に教えてくれたこと。

「未来の自分を作るのは、今日の食事」

そろそろ娘のお迎えの時間だ。

「おかえり。遠足楽しかった?」

「ママのバカ!もっとかわいいお弁当にしてよ!麻由ちゃんのお弁当、パンダさんがいてとってもかわいかったんだから!」

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作者:田中 由香里