私の暮らす世界はこんなにも美しかったんだ

2023-06-14
作者:田中 由香里

鏡に映る私。

は~っとため息をつく。

自分の顔の中で一番嫌いなのは目。

一重で腫れぼったいまぶたのせいで、初対面の人には必ずといっていいほど愛想の悪い子だと思われる。

仲良くなった友だちからはよくこんな事を言われる。

「咲ってもっと不愛想で感じ悪い子だと思ってたよ。一年で初めて一緒のクラスになったときも話しかけにくかったし。なんか近寄りがたいっていうかさ。話すと全然違うんだけどね」

同じようなことをクラス替えのたびに言われていたような気がする。

それはきっとパパゆずりの一重まぶたのせいだ。

ママは二重の大きな目なのに、なぜ私はパパに似てしまったんだろう。

視力だけは、ママゆずり。小学校高学年のころから徐々に下がり始め、今は左右どちらも0・三が見える程度。

それでも、メガネはできる限りかけたくなくて授業中にだけかけている。

パパの視力は両目ともに一・五。

どうしてこうも上手くいかないものなんだろう。

目つきがよくないと先輩に言われてからは、怖くて人の顔が見られなくなった。

二年生になって四ヵ月が経つというのに、クラスになじめないまま夏休みに突入してしまった。

ピンポーン!

インターフォンが鳴り、モニターを覗く。

「あっ絹江さんだ!」

絹江さんはママのママ。つまり私の祖母。

六十歳になったというのに、グレイヘアに華やかなローズピンクのワンピースをサラリと着こなしている。

趣味はテニスにヨガ。

孫の私が言うのもなんだが、背筋を伸ばし颯爽と歩く姿を見れば、とてもおばあちゃんとは呼べない。

だから私は、敬意を込め「絹江さん」と呼んでいる。

若々しくておしゃれな自慢の祖母なのだ。

「絹江さん、今日はどうしたの?」

「頼子とあなたに用があってね。頼子はいる?」

「いるよ。絹江さんあがって、あがって」

絹江さんは、扇子をせっかちにパタパタとさせて、玄関からリビングに足早に入ってきた。

「お母さん暑かったでしょ。はい、冷たい麦茶」

「ありがとう」

絹江さんは、背筋をピンと伸ばした美しい姿勢でソファに浅めに腰かけた。

こんなところから、意識が高いのだ。

麦茶をたっぷり一口飲み、グラスを置くと唐突に

「咲ちゃん、一緒に眼科に行こうか」と言った。

「眼科?どうして?特に何もないよ」

「咲ちゃんは、眼鏡もってるのにちゃんとかけないでしょ。だから目を細めてしまって、なんとなく印象を悪くしちゃってるのよ」

「それはわかってるよ。でも、眼鏡をかけた自分の顔はもっと嫌いなんだもん」

「だからね、探したのよ!寝ている間に着けるコンタクトレンズ。その名も、近視の矯正ができる『オルソケラトロジー』よ」

「オルソケラトロジー?」

ママと私は声をそろえた。

「寝ている間に角膜という目の表面にある透明な組織を整える治療方法があるんだって。着けるのは寝ているときだけ。朝に外せば、昼間は見えるんだってさ。すごいと思わない?成長期の子どもにはとても合っている方法なんだって」

絹江さんの説明にママも大きくうなずき、私たちはさっそく眼科に向かった。

専用のコンタクトレンズを装着して目覚めた、初めての朝。

ドキドキする。

コンタクトを外した私は、そっと窓から庭を見た。

鮮やかな朝顔やヒマワリ。くっきりと見えるそれぞれの葉っぱ。朝露がキラキラ輝いている。

私は大急ぎで絹江さんに電話した。

「絹江さん!ありがとう!私の暮らす世界はこんなにも美しかったんだって感動した!」

「そう!よかった。とっても嬉しいわ。ママがね、咲のことを心配して私に相談してきたのよ。だから、いろんな知り合いに聞いて良い方法がないか探してみたの。ねっ、もっと自分に自信を持つのよ!笑顔が一番なんだからね」

私は、自分の欠点を親のせいにしていた自分が恥ずかしかった。

と同時に絹江さんとママの気持ちに胸がいっぱいになった。

二学期が始まった。

もう、以前の私じゃない。

とびきりの笑顔と大きな声で教室のドアを開く。

「みんな!おはよう!」

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