定位置で、体を丸くししっぽをゆらりとさせながら、気持ちよさそうに眠る我が家の猫。
「メルがうちに来て何年になる?」
「私が小五の一月からだから、もう十三年だね」
美里がメルに頬ずりしながら答える。
もうそんなになるのか。
かわいい顔とは裏腹に相変わらず愛想はない。それでも、不思議と傍にいるだけで癒されるから不思議だ。
今やメルは、我が家にはなくてはならない存在だ。
ミルクにキャラメルを浮かべたような毛色をした猫。
メルがうちに来た日を思い返していた。
あのころの私は、時間と気持ちに余裕がなくて子育てと家事、仕事のバランスを保つことで精いっぱいだった。
冷たい雨が降るあの日も、仕事を終え急いで家に向っていた。
家に着くと、空き箱の中で手のひらに乗りそうな子猫が震えていた。
ずっと猫を飼いたがっていた子どもたちがどこかでもらってきたに違いない。
私は、イライラしながら夫と子供たちに向かって言った。
「何?どういうこと?猫も犬も飼わないっていつも言ってるのに!」
美里と圭人の二人が一斉に泣き出した。
「だって、捨てられていてかわいそうだったんだもん」
「ママが怒ると思ったから、お姉ちゃんと一緒にお隣さんとかお向かいさんとかまわって飼ってくださいってお願いしたけど、無理だって……」
そりゃそうだ。捨て猫を簡単にもらってくれるわけがない。
しかも、右目がつぶれた不気味な見た目をした子猫。
私が動物を飼いたくない理由は二つある。
一つは、これ以上負担になるものを増やしたくないから。
二つ目は、ペットの死をこれ以上経験したくないし、子どもたちにもさせたくないから。
子どものころから、ずっと犬を飼っていた。
出産にも立ち会ったし、生まれた子がすぐに死んでしまったり、大切に育ててきた子が病気になったり、年老いたりして苦しむ姿を何度も見てきた。それが本当に辛く悲しかった。
だいたい、ペットを育てることは簡単ではない。
まだ小学生の二人にできるはずもなく、結果私が世話をすることになるに違いない。
仕事と家事で時間に追われる毎日。いや絶対無理だ。
「明日の朝、パパともとの場所に返しておいで」
「この子片目がつぶれてかわいくないから、誰にも拾ってもらえないよ!こんな時期に外にいたら死んじゃうよ!」
「冴子、子どもたちが子猫の命を守りたいって気持ち、大事にしてやろうよ」
「だから、今晩だけはうちに置いてあげる。それでいいでしょう!ね、これでこの話はこれで終わり!」
いつものように、一方的に話を切り上げた。
子どもたちは、お湯を入れたペットボトルをタオルで巻いて箱の中に入れ、子猫の寝床を用意していた。こうすると母猫のような温かさを感じられるのだとネットで調べたらしい。
家族が寝静まっても、ずっと悲しそうにミャーミャーと子猫は激しく鳴き続けている。
母猫が恋しいのだろう。
私は、様子を見に一階に下りた。
何度見ても、片目がつぶれていて目つきが悪い。
洗面器にお湯を入れて洗ってやると、目やにで固まっていた目がパチリと開いた。
ドライヤーで優しく乾かす。
小さな体を震わせている子猫を毛布に包み、ソファで一緒に眠ることにした。
寝息を立てすり寄ってくる姿は、本当にかわいらしく見ているだけで穏やかな気持ちになる。
翌朝、子猫の鳴き声で目が覚めた。
窓の外からは相変わらず、雨の音が聞こえてくる。
子どもたちも起きてきた。そして、心配そうな顔で私を見つめている。
「今日も雨ってことは、この子はうちの子になる運命だね」
つい口からそんな言葉が出てしまった。
月日は流れ、子どもたちもすっかり大人になった。
「あのころ、学校から帰っても誰もいないし、私も圭人も寂しかった。でも、メルが来て学校からは家に帰ってくるのが楽しみになったの。メルのおかげで私も圭人も楽しく過ごせたんだよ!ねぇ、メル」
たしかに、メルが来てからというもの子どもたちも積極的にお手伝いするようになったし、家族で会話をする時間も自然と増えたように思う。
「それに、ママも少し優しくなった気がするよ。イライラしなくなったもんね。ちょっとだけどね。ねぇ、メル」
そう言いながら美里がメルの頬を優しく撫でると、メルはゴロゴロと喉を鳴らし満足げな顔をした。
「メル、我が家に来てくれてありがとう」
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