トウモロコシ争奪戦

2023-07-19
作者:伊藤有輝子

定年退職した父が、庭いじりを始めた。老人会で苗をもらったのがきっかけらしい。

 庭の一画にいそいそと苗を植える父に私は尋ねた。

「何植えてるん?」

「これはトマトや。もうすぐいっぱいできるで」

「ふーん?」

 しばらくして、ひょろひょろと伸びた枝にできた数少ないトマトは虫に食われたり、甘くなかったり。

 野菜を育てるのは難しいっていうけど、やっぱりねー。

 育てるより、買ったほうが早いし、結局安くつくんじゃない? と私は思ったが、せっかく父がやる気になっているので、そのまま見守ることにした。

 もともと父はマメで、なんでも自分でやらないと気がすまない性格だ。

 始めたころは、なかなか実らなかったが、いろいろ試行錯誤を重ね、二年目は前よりうまくできるようになり、肥料のやり方や世話の仕方がわかってきたのか、三年目からは美味しく作れるようになった。

 夏の初めになると、庭には、文字通りミニトマトが鈴なりに実っている。

 ちぎってほおばると、口の中でトマトの皮が弾けて甘酸っぱい味が広がる。

 今度は別の一角に種をまき始めた父にまた私は尋ねた。

「今度は何ができるん?」

「トウモロコシや。うまいぞー」

 トウモロコシは、私と父の大好物だ。

 

 三年の畑仕事で身に付けた技術を駆使し、丁寧に世話をしながら育てたトウモロコシはふっくらと美味しそうに実っていった。

 いよいよ収穫という日の朝、事件は起きた。

 いつも通り、朝起きて庭に出た父の叫び声が聞こえた。

「あー! トウモロコシがない! 一本も!」

「えっ?」

 

 あわてて庭へ出た私の目の前には、荒らされ、無残に折れたトウモロコシの茎が横たわっていた。

 あれだけ楽しみにしていたのに! いったい誰の仕業? 許せない!

 そこへ向かいの家のおばちゃんがやってきて、うちの庭にトウモロコシの皮が捨てられているわよと教えてくれた。見に行くとそこには食い散らかされたトウモロコシの残骸も……。

「狸か! やられたー!」

 頭を抱える父。

 かしこい狸は熟れ時をちゃんと知っていて、夜中に群れで押し寄せ、すべてのトウモロコシをボキッと折って持っていってしまったのだ。

 それからというもの、毎年狸との攻防戦が始まった。かかしを置いたり、鈴をつけたり、網をかぶせたり、それでも何本も犠牲になった。

 最終的にはトウモロコシを一本一本金網で巻いて固定することで、狸から守ることに成功した。

 そうしてようやく私たちはトウモロコシを手にすることができた。むいた皮の中から黄金色に輝くトウモロコシの粒が綺麗に列をなして顔をのぞかせている。

 茹で上がったはちきれんばかりの粒を一気に頬張ると、とろけるような甘さが口いっぱいに広がり、私も父も思わず「はふぅ」と息をついた。これこそが勝利の味だ。

 手間も時間もかかるのによくこんな面倒くさいことやるなぁ、と思っていたけれど、完全無農薬の採れたての野菜はこんなにも美味しいのかと思い知った。スーパーで売っている物とは全然違う。

 毎日野菜の世話をすることで生活にメリハリが出るし、近所の人におすそ分けして、またお返しを頂いたりして、コミュニケーションツールとしても大いに役立っている。

 本当に身体に良いものを自分で作る。野菜が品薄でびっくりするくらい値上がりしても家の野菜は変わらず実っている。

 自分で育てようとは思わないけど、父にはぜひ健康で長生きして、美味しい野菜を作り続けてほしいと切に願う。

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