良子さんのウォーキング講座

2022-10-05
作者:戸田 友里

スニーカーに履き替え、帰る支度を整える。

良子さんに教えてもらったウォーキング法に変えてからというもの、体形はもちろん、体の内側から変化を感じている。

「もう一年経つのね……」

良子さんに偶然会ったあの日のことを思い出す。

自己流のウォーキングを始めて一年経った頃だった。

仕事帰りはオフィスのある場所から京都駅まで歩くようにしていた。地下鉄で二駅分。所要時間は三十分くらい。雨や残業で遅くなった日を除いてほぼ毎日。

それなのに、健康診断の結果が思わしくなかった。

変化がないどころか、逆に二年前の結果より体脂肪率が高くなっていたのだ。


「どうして……」

気分が乗らないままスニーカーの紐を締め直してオフィスを出ると、通りの少し前を同じ職場の良子さんが歩いているのが見えた。

おっとりとした雰囲気と優しい話し方が印象的な憧れの先輩だ。

すぐに追いつくと思ったのに、距離がどんどん開いていく。

あれっ?なんで?

普段の良子さんからは想像できない機敏な動きに驚いた。

しばらくして大きな通りで信号待ちをしている良子さんに追いついた。

「良子さん、お疲れさまです」

「あら、静香さん」

「少し前の通りで良子さんを見かけたので声をかけようとしたら、全然追いつかなくて…」

「あらごめんなさい。今日はちょっと早足で歩いていたから…」

ブルーと白を基調にしたスニーカーが目に入った。

「良子さんもウォーキングされているんですか?」

「ええ、健康のためにね。歩くようになってから会社の階段も楽勝なのよ。脚のむくみも感じにくくなったし。」

そう笑顔で話す良子さんの脚は引き締まっていてかっこいい。

「わたしもウォーキングを始めて一年くらい経ちますけど、見た目どころか体脂肪率が増えてしまって……」

この差はなんだろうと、愚痴っぽくなってしまった。

「歩き方を意識するといいわよ」

歩き方!? 声に出さずとも意外そうな表情になっていたのか

「そう。『筋力アップウォーキング』がおすすめよ!」と続けてそう教えてくれた。

にっこり笑って話しているが「筋力」という言葉は普段の良子さんからはイメージできない。ますます気になって一緒に歩いていく。

「私たちって二十代から三十代くらいをピークにして下半身を中心に筋力が低下していくから、意識してしっかり筋肉をつけておかないといけないんですって」

「下半身の筋力ですか?」

「そう。特に脚は衰えると転びやすくなったり、それがきっかけで歩けなくなったりするから困るでしょう。私の母がそうだったから……」

たしかに、長期間の入院をきっかけに歩くのが困難になったという高齢者の話は珍しくない。

「それで健康診断のときに、先生に聞いたわけ。どうしたらいいですかって。そこで教えてもらったのが『筋力アップウォーキング』なの」

散歩のようにただ歩くよりも、意識して歩幅を大きくするとか、早足で歩いたりゆっくり歩いたりして緩急をつけるとか、とにかく筋肉に負荷をかけると良いと教えてもらったそうだ。

それで、さっきまでは早足だったのに今はゆっくりなのか。

「それからは、歩くスピードもだけど、コースも変えたりなんかして、筋肉に刺激を与えるようにしているの。コースを変えると景色も変わるから、これがなかなか楽しくて」

疲れた様子を一切感じさせない、良子さんの笑顔はとても綺麗だ。

いつも立ち居振る舞いが軽やかなのにも納得がいく。

「それに、お尻や脚の大きな筋肉をしっかりつけておくと脂肪燃焼にも効果的らしいわよ」

なんと、一番気にしていた体脂肪にもいいって!? これはやらないわけがない!

「ぜひ試してみて。でも、やりすぎは禁物。ちょっとくらいサボってもいいやってくらいが長続きの秘訣。これは私の実感ね」

そう話しているうちに駅に着いた。

次の日から歩き方を変えてみた。

そして、今年の健康診断の結果が届いた。

「やった!」

そこには頑張ってきた結果が書かれていた。

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