羽を追いかけて

2022-06-22
作者:戸田 友里

「うたちゃん。この羽、上手につかまえられるかな」

「うん」

そう言って、娘は大きく目を開き構えた。

あたまの少し上から羽を落とす。

羽はひらひらと軽やかに落ちていく。

待ち構えていたにも関わらず、うたは上手くつかまえられなかった。

「あれー。羽が逃げちゃった……もういっかいやって!」

「じゃ、いくよ」

次の羽を落とす。が、つかまえられない。

何度か繰り返してようやく一枚、つかまえることができた。

最近、娘とこの「遊び」を毎日続けている。

うたは、三歳児健診のときに眼科での再検査を勧められた。

何か目の病気が見つかったのかと急に不安に襲われた私の様子を見て、すかさず先生が病気の心配はないので安心するよう言い、理由を説明してくれた。

「おそらく、視覚機能が少し弱いのではないかと思われます」

「視覚機能…? 視力が悪いということですか?」

「視力には違いないですが、遠くが見えるかどうかという点だけでなく、動いているものを目で追えるかだったり、見たいものに素早く視線を合わせられるかだったり、いくつかあるんですよ」

「例えば、お母さんは本や新聞を読んでいて行を飛ばしてしまうこととか、キャッチボールでボールが上手く取れないなんてことはないですか?」

「本や新聞は読めていると思います。でもキャッチボールは昔からダメです。でも、それってただ単に運動が苦手だからじゃないんですか?」

「そうですね。でも、もしかしたら、動いているボールに目がついていってないのかもしれないですよ」

「見たいものに目がついていく…ですか」

「そうです。動くものを目で追いかけたり、パッと視線を動かしてみたり、意識せずにできている子もいますが、それが当たり前じゃない子も意外と多いんですよ」

「目を動かす筋肉がちゃんと使えていない場合があるのです。

指導してくれる専門の先生がいるので目のトレーニングを始めてみましょう」

健診でそう言われるまで、私も気づかなかったように、うた自身は見えにくいとか、そんなことにはまったく気づいていないし不便にも感じていないようだ。

でも、それはその状態しか知らないからだ。

このままだと、見えにくさから本を読むのが嫌いになったり、運動に苦手意識をもって楽しめなくなってしまったりするかもしれない。

これからの生活に大きく関わってくるとしたら……親として気が気でなかった。

健診の結果を聞いたときには不安で仕方なかったが、先生から丁寧に説明を受けて、少しホッとした。

さっそく、先生に紹介してもらった目のトレーニング教室に通うことにした。

難しいものや面倒なものは、うたが続けてくれるか心配だったが、実際には遊びの延長のようなトレーニングが多く、その中でもうたの一番のお気に入りは「羽」を目で追いかけるトレーニングだ。

他にも、紙に書いた絵や文字を探すワークシートも、簡単なものからちょっと頑張るものまで何種類も用意されていて、時間を計ったり、親子で競争したりとゲーム感覚でできるものがある。

うたも遊んでいると思っているから毎回楽しそうだ。

何より、家でもできるから、気負わず毎日続けられるのがいい。

トレーニングの教室には、うたのように幼稚園に通うくらいの小さな子から、サッカーのクラブチームに所属している中学生、さらにはプロのボクシング選手までいる。

それぞれトレーニングする目的や方法は違うけれど、みんな、トレーニングを始めてから目の筋肉を上手く使えるようになった実感があるそうだ。

プロ野球選手がビジョントレーニングを取り入れているという話も聞いた。

それほどまでのすごい力は必要なくても、読むことがつらいとか、運動が嫌いとか、そういうことにならなければいい。みんなと同じようにいろんなことを楽しめるようになってほしい。ただそれだけだ。

さぁ、羽を追いかける「遊び」が済んだら、次は何をしようか。

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