「素敵な子はスパイスやお砂糖でできている」
そんなアニメを観たのはいつだったかしら。
少し砕いたクローブにカルダモン、シナモンを入れて
すりおろしたショウガにキラキラした黒糖をちょっと。
ぐつぐつと音を立てているミルクの鍋に
ティーバッグがゆらゆらしてる。
幼いころ、
寒い日に母さんが作ってくれるチャイはまるで魔法のようで
鼻をくすぐる香りにいつもワクワクしていた。
それを飲めば、アタシも素敵な子になれる気がして。
「はぁ〜、疲れた……」
社会人になったアタシはトボトボと帰路につく。
ここ数日、疲労感が増し、だんだんと食欲もなくなってきた。
「バテているわね……」
ヨロヨロと大通りを歩いていると
道ゆく人々が驚きサッと道をあける。
こんな反応にも慣れた。
そりゃあそうよね。185cmの大柄でパワフルな筋肉質オネエが
ヨロヨロ歩いているんだもの。
「アタシだって怖いと思うわ。」
自虐的に呟いて悲しくなり
進路を変えて人通りの少ない川沿いを歩いた。
「一息つきたい……、ん?」
アテもなく歩いていると見慣れないトラックが視界に入った。
「キッチンカー?こんなところに?」
「こんばんは」
「ぎゃん!」
ズデン!
なんの店だろうと覗き込むと、思っていたより近場に店主がいて
声をかけられた拍子に驚き、尻餅をついてしまった。
「あら、すみません!驚かせるつもりはなかったのだけれど……!
お詫びと言ってはなんですが、一杯ご馳走させてください」
そう言ってアタシよりかなり小柄な店主は
パタパタと走り寄って手を貸してくれた。
その流れで、招かれるままキッチンカー横の席へ。
「時々夜にこうやってカフェバーをしているんです。」
どうぞ、と店主はメニューを渡してくれる。
「気持ちはありがたいけどアタシ今、少しバテ気味で……。」
そう言って項垂れる。
「あらまぁ…」
店主はこちらを見ているようだけど、今は談笑する余裕もない。
アタシが小さめのテーブルに両肘をつきため息をもらした、そのとき。
ふわっと
甘く優しい香りが漂ってきた。
店主が何か作っているらしい。
「バテているときはやっぱチャイですよね〜!」
「……チャイ?この時期に?」
もうそろそろセミも鳴きそうよ?
「あら!バテて食欲のないときにこそ、もってこいなんですよ〜」
「疲労回復や消化を助けてくれるスパイスがいっぱい!」
店主はニコニコしながら言う。
クローブ、カルダモン、シナモン。
手際よく水から煮出されたスパイスたちは一層香りが立ってきた。
「ぅわぁ……!」
久々にあのワクワクする感覚が蘇り
アタシは思わず席を立って鍋を覗き込んでいた。
途端、グン!と頭を上げた店主と目が合った。
しまった!いつものように怖がらせてしまう……。
「あ、あの、ごめ……」
「あはは!あなたもこの香り好き?甘くてエキゾチックな香りで
嗅ぐといつだって元気になれるのよ!」
相変わらずニコニコと笑い、気にする素振りがない。
「仕上げはミネラルたっぷりの黒糖〜♪」
ちゃぷんと黒糖を加え、いつの間にか優しい色に仕上がったチャイが
カップに注がれていく。
「熱いので気をつけてくださいね」
呆気に取られたままチャイを飲み干し、その日アタシはそのまま家に帰った。
ほんのり甘いチャイのおかげかバテていた体は嘘のように元気になり、
翌日、お礼を言いにあのキッチンカーへ足を運んだ。
「あの、昨日はありがと……おかげですごく調子がいいわ」
開店準備をする店主を前にもじもじと伝える。
そんなアタシを見て店主は一瞬頭を捻ったが、
「あぁ!昨日の!昨日より素敵になられていたので
一瞬わかりませんでした。お役に立ててよかったです!」
「是非またいつでもきてください!」
と、眩しいくらいの笑顔で応えてくれた。
あぁ、スパイスのおかげか心がじんわりあったかい。
やっぱり「素敵な子はスパイスやお砂糖でできている」ってホントだったのね。
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