「はぁ。やっとひと段落した」
今は夜の十一時。
毎日急いで仕事を片付けて子どもを保育園に迎えに行き、ごはんを食べさせ、そのあとはお風呂に入れ、寝かしつけて残りの家事をしたらいつもこんな時間だ。
忙しさにかまけて料理も適当になってきていて、私の作るもので家族を不健康にしてしまわないかとても気になる。
そんなときは、いつもお母さんを思い出す。
「お母さんのごはん、健康的だったよな……。おいしかったし」
卵焼きとかお味噌汁とか定番のものでも私が作るものと味が違う。
きっと何かコツがあるのだろうけれど、お母さんから学ぶタイミングを失い、その味付けがわからない。
そしてもう、それを学ぶ機会は一生こない。
私が結婚する前にガンで死んでしまったからだ。
ぐうたらせずにお母さんの手伝いをしていれば、今頃きっと作れていたはずなのに。
後悔したってもう遅い。
寝よう。
*
トントントントン……
包丁のリズミカルな音が聞こえて私は目が覚めた。
それになんだかいい匂いがする。
リビングのドアをあけると、誰かが台所に立っている。
ぼんやりと見える後ろ姿は……もしかして。
「お母さん?」
「あら、真琴。おはよう」
どうしてお母さんがそこに……?
「ぼーっと突っ立ってないで顔洗って準備しなさい。学校に遅れるわよ」
え、学校?どういうこと?
部屋に戻ると高校のころの制服がかけられていた。
事態の展開についていけていないが、とりあえず制服を着てみる。
うわ〜このブレザーとスカート懐かしい〜。いや、スカート短っ!
久しぶりに制服を着て、急いでリビングに行くと、しっかりとした和食の朝ごはんが置いてあった。
私は感激のあまり泣きそうになった。
こんな朝ごはんは久しぶりだ。
「真琴、さっきから何ぼーっとしてるの。早く食べなさい。冷めちゃうわよ」
「うん……」
「いただきます」
ふわふわの卵焼きから食べ始めた。
ああ、懐かしい。この味だ。甘いけど、しっかり出汁が効いていて、ちょうどいい味だ。
なんだか心まで満たされる。
「お母さん」
「何?」
「この卵焼きおいしい。作り方を教えてほしい」
「あら、珍しい。じゃあ、今度のおやすみの日に教えるわね。それと、私の料理の作り方はこのノートに書いてあるから、作りたいときはこれを見なさい。この戸棚の引き出しに入れてあるから。真琴がお嫁に行くときに渡そうと思ってたんだけど、一応言っておくわね」
「え、ノート?」
*
そこで私は目が覚めた。
起きなければいけない時間をとうに過ぎてしまっていて、私は家族全員を叩き起こした。
「お母さんのレシピが実家にあるかもしれない」
通勤中の電車の中でそれが気になって仕方なかった。
気づけば実家に向かっていた。
気になって仕事どころではない。
実家には父と兄夫婦が住んでいる。
もしかしたら捨てられているかもしれない。
実家の玄関を開けると、お義姉さんが出た。
「あら、真琴さん、どうかしましたか?」
「すみません!ちょっと探し物をしたくて!」
お義姉さんを押しのけて、家に入った。
私は、夢の中でお母さんがノートをしまったあの戸棚の引き出しを漁った。
それらしきものが見当たらない。
とりあえず手当たり次第、いろんなところをあけた。
「ちょ、ちょっと落ち着いてください、真琴さん。何を探しているんですか?」
「お母さんのノート知りませんか?ここにあったと思うんですけど」
「ノートですか?お義母さんのものならすべて箱にしまったので、そこかもしれません」
「それ、見せてもらえますか?」
息を切らしながら、お義姉さんにお願いした。
見せてもらった箱の中にはたしかにあのノートがあった。
お母さんの字でぎっしりレシピが書いてあった。
自分がガンを患っているとわかったときから、家族の健康が気になり毎日食べたものやレシピを記録し始めたことも書いてあった。
私は涙がノートに落ちないように一ページ一ページ時間が経つのも忘れるくらい丁寧に読んだ。
その日から、私はお母さんのノートを見ながらごはんを作った。
健康にも気遣ったごはんが作れて、私の不安も少し取り除けた。
将来、子どもが私と同じ状況になったときに役立つように、お母さんを見習って、レシピをノートに書いておこう。
代々、家族の健康を守るのは親の役目だと思うから。
この作品を応援する100円~
あなたの作品も投稿してみませんか?
応募はこちら