お父さんとの約束

2023-07-26
作者:木佐貫 瀬那

「腕を前から上にあげて、大きく背伸びの運動~」

僕の今年の夏の目標は、ラジオ体操の皆勤賞をもらうことだ。

「洋一くん、今日も頑張りました」

町内会のおじさんが、僕のスタンプカードにハンコを押した。

それを見てにやにやしながら、家に帰る。

「ただいま~」

「おかえり、洋一」

お母さんが台所から出てくる。

「お父さん、またしばらく仕事で帰って来れないんだって。洋一のこと、気にしてたわ」

「お仕事だもん、仕方ないよ」

僕のお父さんは警察官だ。毎日困ってる人を助けるヒーローだ。

だから、困っている人がいると、家に帰って来ない事もある。

「お父さんと約束したんだ、だから頑張る」

僕は小さい頃から体が弱かった。学校もよく休んでいるから、友達もあんまりいないし、学校の勉強にも追い付けていない。でも、僕には夢がある。

お父さんみたいなかっこいい警察官になること!それが、僕の夢だ。そのためにお父さんとの約束を守って、大人になったらかっこいい警察官になるんだ。

二週間前、学校が夏休みになった。その日お父さんはお仕事が休みで、「洋一、一緒に散歩でも行くか」と言い出した。

「昼間は暑いけど、朝は涼しくて気持ちがいいなぁ」とお父さんが言った。

「そうだね」と言いながら歩いていると、遠くから明るい音楽が聞こえてきた。

「なんの音?」と聞いたら、「ちょっと見に行くか」とお父さんが言った。

近所の公園で、子供たちが音楽に合わせて体操をしていた。

「楽しそうだね」と僕が言うと、「そうかぁ?」とお父さんが言った。

「すみません、うちの子も参加していいですか」と急にお父さんが大きな声で言ったから、みんなが一斉にこっちを見た。一番前で体操していたおばさんが「いいよ~、おいで」と手招きしてくれたので、一番後ろで、みんなの真似をしながら一緒にやった。隣でお父さんが「ラジオ体操って思ったより大変だな…」と汗だくになっていた。僕が笑うと、お父さんも笑っていた。

帰り道、お父さんが「洋一、しんどくなってないか?」と言った。「少し疲れたけど、楽しかった!また一緒に行こうよ」と僕が言うと「じゃあ、今年の夏休みの目標はラジオ体操皆勤賞だ」と言った。

「洋一は学校を休んでしまう事が多いから、夏休み明けからは元気に学校に行けるように、一緒に頑張ろう」

「うん、それで、お父さんみたいな警察官になる!」

結局、お父さんと一緒にラジオ体操に行けたのは、この日だけだった。

お父さんはお仕事で家に帰れない日が多くなって、帰ってきても夜遅くだったので、僕は寝てしまっていたから、顔を合わせる事もあまり無かった。

だけど、僕は毎朝ラジオ体操に行った。雨の日は自分の部屋でやると言ったら、お母さんがラジオ体操の音楽をかけてくれて、ハンコも押してくれた。

お父さんには会えてないけど、お母さんが「お父さん、夜帰ってきてスタンプカード見て喜んでたよ。洋一えらい、すごいって」と言っていたので、嬉しくて頑張れた。

毎朝公園に行くから、朝早く起きるようになって、夜は早く寝るようになった。

ご飯もたくさん食べられるようになって、あんまり風邪をひいたりしなくなった。体調が悪い日は、お母さんについてきてもらって、しんどくなったら休憩しながら、毎日、毎日、ラジオ体操をした。

「深呼吸、大きく息を吸い込んで~」

ラジオ体操が終わる。首から下げたスタンプカードに、最後のハンコが押される。

「洋一くん、今日までよく頑張ったね。皆勤賞、おめでとう」

スタンプカードの一番最後に、金ぴかの「よくできましたシール」が貼られた。

夏休み最終日、今日はお父さんが少し早く帰れるから、とお母さんがご馳走を準備している。僕はリビングの椅子に座って、お父さんの帰りを待っている。

ガチャ

玄関の鍵が開く音がした。

「お父さん!おかえりなさい!」

飛び出すと、お父さんが受け止めてくれた。

「洋一!真っ黒になったな」と笑った。

僕はポケットからスタンプカードを取り出して見せた。

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