「腕を前から上にあげて、大きく背伸びの運動~」
僕の今年の夏の目標は、ラジオ体操の皆勤賞をもらうことだ。
「洋一くん、今日も頑張りました」
町内会のおじさんが、僕のスタンプカードにハンコを押した。
それを見てにやにやしながら、家に帰る。
「ただいま~」
「おかえり、洋一」
お母さんが台所から出てくる。
「お父さん、またしばらく仕事で帰って来れないんだって。洋一のこと、気にしてたわ」
「お仕事だもん、仕方ないよ」
僕のお父さんは警察官だ。毎日困ってる人を助けるヒーローだ。
だから、困っている人がいると、家に帰って来ない事もある。
「お父さんと約束したんだ、だから頑張る」
僕は小さい頃から体が弱かった。学校もよく休んでいるから、友達もあんまりいないし、学校の勉強にも追い付けていない。でも、僕には夢がある。
お父さんみたいなかっこいい警察官になること!それが、僕の夢だ。そのためにお父さんとの約束を守って、大人になったらかっこいい警察官になるんだ。
二週間前、学校が夏休みになった。その日お父さんはお仕事が休みで、「洋一、一緒に散歩でも行くか」と言い出した。
「昼間は暑いけど、朝は涼しくて気持ちがいいなぁ」とお父さんが言った。
「そうだね」と言いながら歩いていると、遠くから明るい音楽が聞こえてきた。
「なんの音?」と聞いたら、「ちょっと見に行くか」とお父さんが言った。
近所の公園で、子供たちが音楽に合わせて体操をしていた。
「楽しそうだね」と僕が言うと、「そうかぁ?」とお父さんが言った。
「すみません、うちの子も参加していいですか」と急にお父さんが大きな声で言ったから、みんなが一斉にこっちを見た。一番前で体操していたおばさんが「いいよ~、おいで」と手招きしてくれたので、一番後ろで、みんなの真似をしながら一緒にやった。隣でお父さんが「ラジオ体操って思ったより大変だな…」と汗だくになっていた。僕が笑うと、お父さんも笑っていた。
帰り道、お父さんが「洋一、しんどくなってないか?」と言った。「少し疲れたけど、楽しかった!また一緒に行こうよ」と僕が言うと「じゃあ、今年の夏休みの目標はラジオ体操皆勤賞だ」と言った。
「洋一は学校を休んでしまう事が多いから、夏休み明けからは元気に学校に行けるように、一緒に頑張ろう」
「うん、それで、お父さんみたいな警察官になる!」
結局、お父さんと一緒にラジオ体操に行けたのは、この日だけだった。
お父さんはお仕事で家に帰れない日が多くなって、帰ってきても夜遅くだったので、僕は寝てしまっていたから、顔を合わせる事もあまり無かった。
だけど、僕は毎朝ラジオ体操に行った。雨の日は自分の部屋でやると言ったら、お母さんがラジオ体操の音楽をかけてくれて、ハンコも押してくれた。
お父さんには会えてないけど、お母さんが「お父さん、夜帰ってきてスタンプカード見て喜んでたよ。洋一えらい、すごいって」と言っていたので、嬉しくて頑張れた。
毎朝公園に行くから、朝早く起きるようになって、夜は早く寝るようになった。
ご飯もたくさん食べられるようになって、あんまり風邪をひいたりしなくなった。体調が悪い日は、お母さんについてきてもらって、しんどくなったら休憩しながら、毎日、毎日、ラジオ体操をした。
「深呼吸、大きく息を吸い込んで~」
ラジオ体操が終わる。首から下げたスタンプカードに、最後のハンコが押される。
「洋一くん、今日までよく頑張ったね。皆勤賞、おめでとう」
スタンプカードの一番最後に、金ぴかの「よくできましたシール」が貼られた。
夏休み最終日、今日はお父さんが少し早く帰れるから、とお母さんがご馳走を準備している。僕はリビングの椅子に座って、お父さんの帰りを待っている。
ガチャ
玄関の鍵が開く音がした。
「お父さん!おかえりなさい!」
飛び出すと、お父さんが受け止めてくれた。
「洋一!真っ黒になったな」と笑った。
僕はポケットからスタンプカードを取り出して見せた。
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