先日届いた手紙には、「元気ですか」とだけ書いてあった。
差出人の住所はアイスランド。名前を見て懐かしい気持ちに駆られた。
僕は今、遠く日本を離れ、アイスランドに来ている。
かつての友人の顔を思い浮かべる。7年前、小学6年生の夏を最後に会うことの無かった彼の顔は、卒業アルバムにも載っていないのでおぼろげだ。
「カイ、元気かなぁ」
「洋一!」
空港で僕の名前を呼んだのは、背の高い青年だった。
「カイ?」
「やっぱり洋一だ。全然変わってないのな」
カイは僕を見て笑うと、「行こう」と歩き出した。
駐車場で、カイの車の助手席に乗り込む。
だだっ広い道を走る。視界には車道と、草原と、空しか見えない。
「久しぶりだね」
「小学校ぶりだからな。どんな風になったかと楽しみにしてたけど、まさかここまで変わらないとは。日本人って本当に童顔なんだな」
「カイは大人っぽくなったね」
「っぽくなったんじゃなくて、大人なんだよ。もう仕事もしてるし、19歳だぜ。7年も経ってるんだから、当たり前だろ」
話しているうちに、開けた窓から微かに硫黄の匂いがしてきた。
ケプラヴィーク空港から約1時間半。車を降りて少し歩くと、人だかりが見える。
カイに連れられ、人だかりに近づいていく。と、人だかりの中心で大きく噴水が上がった。
「この辺はゴールデンサークルと呼ばれてて、間欠泉がたくさんあるんだ。噴き出してるのは温泉なんだぜ」
温泉の溜まっている場所を探し、裸足の足を浸けると、温かくて気持ち良い。長旅の疲れが抜けていく。僕とカイはしばらく温泉に足を浸けた。
「まるで足湯だね。日本にもあるんだよ、足だけ浸ける温泉が。足元を温めると全身が温まるから体に良いんだって」
「へぇ~」
再び車に乗って約2時間。
運転席のカイをちらっと見る。
「ねぇカイ。元気にしてた?」
カイはぎょっとした顔をした。
「今さら何聞いてんだよ、ここまで来て、改まって聞くことか~?本当に洋一は変わってるな…」
それから目線を前に戻した。
「元気にしてたさ。じいちゃんと暮らしてたんだ。
金は無いけど、穏やかに暮らしてた。寂しいとか、悲しいとか、そんな事考えたりしなかった。この車ももともとはじいちゃんのなんだぜ」
「かっこいい車だね」
「そうさ。だけどじいちゃんが死んでから、こいつもどんどん動かなくなってきちまって、修理しても修理しても壊れちまう。もう駄目なんだ。」
カイは愛おしそうに車のハンドルをぐっと握った。
間もなくして、グトルフォスに到着。
地面が濡れてて転びそうになりながら、カイの後ろをついて行く。
「あ!」
見渡す限り、視界いっぱいの滝だ。僕らは大きな滝の上に立っている。
グトルフォスはアイスランド語で「黄金の滝」。天気のいい日は、滝が黄金に輝いて見えるからそう名付けられた。
「滝を下から見たことは何度かあるけど、こんなに大きな滝を、それも上から、こんなに近くで見るのは初めてだ。見てよ、虹がかかってる」
滝にはマイナスイオンで自律神経を整えたり、血行促進などの効果がある…なんていう知識が野暮に感じられるほど壮大な景色に、頭の中が洗われるような感覚になる。
夜はカイの家に泊めてもらうことになっていた。
夕食後、庭に用意されたシートに寝そべる。空にはオーロラがゆらゆらと輝いている。アイスランドでは各地で、天候に左右はされるが1年のうち8か月近くもオーロラが見れる。
綺麗な緑のオーロラに見とれながら、隣のカイに話しかける。
「今日は本当にありがとう」
「俺が呼んだんだ、こっちの台詞だよ」
カイは空を見たままで答える。
小学生のころ、毎年夏になると僕の小学校にやってくるアイスランド人の男の子がいた。
父親が日本人で、仕事の都合で毎年日本に来ていたので、せっかくだからとその期間、日本の小学校に通うことにしたらしい。カイが日本にいる間、毎日一緒にいた。
帰るとき、毎年カイは「また来年」と言い残した。
6年生の夏、「また来年」と言った僕に、カイは「来年は来ない。今年で最後だ」と言った。
それきり、会う事は無かった。
「あの頃、親が離婚して、じいちゃんに引き取られることが決まっていたから、もう会えないって言うのが辛かった。そのじいちゃんももういない。1人で寂しくて、ふと洋一の事を思い出した。だけど会えると思ってなかったから、来てくれると知った時、嬉しかった。
手紙の返事を待っているつもりだったから」
「カイ、忘れないで。どれだけ離れていても、会っていなくても、僕らはずっと友達だ。
カイが寂しい時は僕が来る。場所なんてどこでもいいんだよ」
カイの瞳にうつったオーロラがゆらりと揺れて、消えて行った。
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