シャインマスカットタルト

2022-09-28
作者:木佐貫 瀬那

「お待たせしました。シャインマスカットのタルトです」

テーブルに置くと、女の子たちが黄色い声を上げた。

僕は放課後、隣町のフルーツケーキ屋さんでバイトをしている。

先週の面接で、店長が応募の動機を聞いてきたとき、本当は違う答えを用意していたのに、なぜか素直に答えてしまった。

「今度、好きな子に告白するときに、このお店のシャインマスカットタルトをプレゼントしたいんです」

店長はちょっとの間、ぽかーんと口を開けて「じゃ、頑張らないと」と言った。

僕は顔が熱くなるのを感じながら「はい!」と答えた。

「かわいいやろ、その子」

休憩時間に店長が話しかけてきた。

「関係ないでしょ」

「うちのタルト、告白に使うんやろ? 関係あるやろ」

ぐっ…、確かに…。

「で、どうなん? かわいいん?」

「まぁ」

「やっぱりな! フルーツが好きな子はだいたいかわいいって決まってんねん。そこに加えて、シャインマスカットはポリフェノールも豊富やし、大人になったら綺麗なお姉さんになること間違いなしやで。ちょっと食べたらお腹膨れるから、太る心配もいらん。ビタミン、ミネラルも豊富や。それに、これは俺の勘やけど、きっとその子、ええとこのお嬢さんとちゃうか?シャインマスカットなんてもん、高校生が好物に挙げるにはちょっと高級やで」

息継ぎの間もなく喋った店長は一呼吸置いて続けた。

「以上の証拠から、お前の好きな女の子はかわいくて上品なタイプや。モテるやろうから、うちのタルトを利用して良い返事もらおうって魂胆やろ」

「うるさいなぁ、もう」

休憩室を出るとき、背中で店長が「応援してるで!」とでっかい声で叫んでいた。

店長の言うとおり、三宅さんは派手ではないけれど、実は男子から人気がある。

だから振られたとしても、せめて印象に残りたい。そんなことを考えていたとき、三宅さんがシャインマスカットが好き、という噂を耳にした。僕はもう、ほかに何も思いつかなかった。

好きな食べ物をプレゼントしたからってうまくいくとは思ってないけど。

店長の言っていたことがだいたい合っていてなんだかおもしろくない。

お店のシャインマスカットタルトは、ホールで3000円する。

今月のお小遣いを早々に使い果たしていた僕は、SNSで見つけたシャインマスカットタルトのお店に来て、たまたまバイト募集の張り紙を見つけ、飛びついた。

帰り道、自転車を漕ぐ足に力が入る。

三宅さんの誕生日、勇気を振り絞って話しかけた。

「今日の17時、南公園に来てほしい」

三宅さんは顔を赤くしてうなずいた。

「お、今日か」

僕がショーケースの前に立つと、店長はにやにやした。

「…シャインマスカットのタルト、持ち帰りで。ラッピングしてください」

「悪いけど今日はもう売り切れや」

えっ、と店長の顔を見る。そんな。

「困ります、だってこのために」

「なんや、うちのタルトがないと告白もできひんのか。そんなことないやろ。大丈夫、お前ならできる。当たって砕けて、ほんで、うちのタルト食べにこい」

手ぶらで行った僕の告白を、三宅さんは静かに聞いてくれた。

そして、告白は成功した。

お店に彼女を連れて行くと、店長は一瞬驚いた顔をして、すぐさま「おめでとうー!」と叫んだ。店内にいたお客さんもくすくす笑いながら拍手してくれた。

それから店長は僕たちのテーブルにシャインマスカットタルトを持ってきた。

「売り切れだって言ってたのに」

「嘘や。こんな値段の張るプレゼント持って告白なんかされたら、怖いやろ」

彼女は隣で笑って、シャインマスカットを頬張った。

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