背中の猫を追い出すために

2022-06-29
作者:石田 里沙子

バタバタとワンルームの部屋を走り回る。

ふと、テレビの横に置いてあるデジタル時計を見ると【7:19】。

「うわっっ! あと一分で家を出ないと間に合わない‼」

昨晩、大好きな韓国ドラマを一気見したい欲望に駆られ、ついつい夜更かしをしてしまった結果がこれだ。

まあ、今更後悔しても遅い。

急いで用意を済ませ、いつもの通勤バックを肩に掛け、玄関へと急ぐ。

シューズボックスからお気に入りのハイヒールを出して履き、姿見鏡の前に立つ。

時間の余裕なんてまったくと言っていいほどない。だけど、毎朝家を出る前に姿見鏡の前に立ってコーディネートを確認することが私にとってのルーティンなのだ。

今日は憂鬱な週の始まりでもあるから、テンションを上げるためにこの前買ったばかりのフェミニンなワンピースをチョイス!

しかし、せっかくの可愛いワンピースも、私の猫背によって台無しになっている気がする…。

そんなことを思いながら、私は家を出て、なんとか会社には間に合った。

その日のお昼。

仲の良い美作先輩とランチをしていると突然、

「ちょっと木下、あんた姿勢悪すぎじゃない?まるで、背中に猫でもいるみたい」

「えっ? やっぱり美作先輩もそう思います?」

「完全に猫背だね。顔も前に出てるし…」

自分でも姿勢は悪いと思っていたけど、そこまで言われるとショックだった。

たしかに美作先輩は姿勢も美しくてまるでモデル体型! それに比べて私は万年猫背…。

会社では一日中ずっとパソコン業務をしていて、家ではごろごろと寝転がりながらスマホばかり見ている。

猫背を直したいと思って自分で姿勢を正してみるけど、この姿勢に慣れすぎて正しい姿勢を維持することがしんどい。

「あんたいつもハイヒール履いているけど、ハイヒールで歩くことも猫背になりやすい原因だって聞いたことがあるよ」

「そうなんですか⁉ 猫背だからか、服も似合っていない気がして……私も美作先輩みたいに美しい姿勢になってみたいです」

「そうだね。じゃあ、ストレッチポールを使ってみたらいいかも。そうだ! あんたにプレゼントしてあげる」

後日、美作先輩はストレッチポールを送ってきてくれた。

電話でお礼を伝えるや否や、そのままストレッチ講座が始まった。

「まずストレッチポールは床に置いて、そのまま真上に背骨をのせるようにして仰向けに寝転ぶ。そして、両腕を真上に上げて胸を開きながら肩甲骨をゆっくりと寄せる運動を続けることで、緊張していた背中や肩の筋肉をほぐれて、とても気持ちが良いのよ!」

教えてもらった通りにやってみると、最初は体を支えている足がふらつき、バランスを保つのが大変だったが根気よく毎日続けてほぐしてみると、本来の正しい姿勢がわかってきた。縮こまっていた背中をグンと伸ばすことができて、気持ちが良い。

もちろん、会社でも家でも姿勢良く座ることを意識し、猫背の原因にもなるハイヒールもやめてヒールの低いパンプスを履くようにしてみた。

それから数カ月。

毎朝ルーティンの姿見鏡チェックは続いていた。

以前はまるで本当に背中に猫がいるかのように丸くなっていたのに、今ではピンとしている。

姿勢が良くなっただけで見た目も変わり、なんだか気持ちまで明るくなる。

「木下先輩なんか姿勢良くなられました?」

同じ部署の後輩が突然声をかけてきた。

「そうなの! 実はあるもののおかげで、良くなったの!」

「え! そのあるものってなんですか⁉」

「それはね……」

その話は社内中に広まっていき、猫背で悩む女性たちはこぞってストレッチポールを購入したらしい。

そして、美作先輩と私はこっそり猫背改善ユーチューバーとして活躍している。

この作品を応援する100円~

応援するとは?

あなたの作品も投稿してみませんか?

応募はこちら

この作者の他の作品を見る