コインランドリーの洗濯機に溜めていた大量の洗濯物を一気に放り込みスイッチを押す。
「洗濯し終わるまで結構かかるだろうな~」
特に何もすることのなかった慶介は、とりあえず青いベンチに座る。
ふと周りを見渡すと、ベンチの片隅に置かれていたメンズ雑誌に気づき、興味本位で手を伸ばす。
「モテるためにはまず、美肌男子になること!」
雑誌の表紙には、大きな文字で書かれていた。
「女子ならわかるけど、美肌男子って。美肌になるだけでモテたら苦労しないだろう」
でも、本当に美肌になるだけでモテたらな。
「そういえばこの前、姉ちゃんにも言われたんだっけ」
慶介はふと、つい先日実家に帰ったときに姉から言われたことを思い出した。
母の作った夜ごはんを久しぶりに家族みんなで食べていたとき、いきなり姉が言ってきたのだ。
「ねえ、慶介の肌、汚い~」
「紗枝、ごはん中にそんなこと言わないの」
「だって~、お母さんもそう思わない?」
「ま、まあ。でも、男性ってみんなこんなものじゃない?」
「え~、今どきの男子は肌が綺麗じゃないと! しかも何気に慶介よりお父さんのほうが肌綺麗だよ!」
そのとき、自分より三十も年上である親父のほうが綺麗だと言われたことが若干ショックだった。
あとで親父に何かしているのかとこっそりと尋ねてみたが、もともと寡黙な親父は当然、何も答えてくれなかった。
肌トラブルは思春期のころに起こりやすいとよく耳にするが、僕は特に悩むことはなかった。
しかし、社会人になり、一人暮らしをし始めてから一変した。
夜遅くまで起きていたり、食事はコンビニ弁当やカップラーメンなどで適当に済ませたりすることがほとんど。
そして、感染症が流行してからほとんど毎日マスクをしていることも原因だろう。
姉の一言をきっかけに、今まで気にしたことのなかった自分の肌を気にするようなってしまった。
引き寄せられるかのように手に取った雑誌の中身を興味本位で見てみる。
すると、美肌になるためには……食事のことや睡眠の大切さなどが書いてあったが、とりわけ重要なことは「保湿」らしい。
乾燥イコール女性特有の悩みだと思っていた僕にとっては保湿なんて驚きしかなかった。
洗顔後の保湿がポイントのようで、洗顔をすると汚れだけでなく肌の潤いまでも一緒に洗い流してしまうため、その後の保湿までしっかりする必要があるようだ。
最近では「馬の油」を使ったスキンケアが特に注目されているとのこと。
馬の油?と僕は疑問に思ったが、どうやら保湿効果がとても高く、肌だけでなく髪や唇にも使えるし、抗酸化作用や殺菌・抗炎症効果もあることから健康な肌を目指すための万能アイテムらしい。
僕は、洗濯物が洗い終わった音を気にも留めず、馬の油を買うため一目散に走り出した。
それから毎日、洗顔後は必ず馬の油を使って保湿することを徹底し、頑張って自炊をしたり生活リズムを整えたりしてみた。
その効果もあって、前より肌トラブルが減り、少しずつ美肌男子へ近づいている。
後から聞いた話だが、実は親父も肌のために、馬の油をずっと前から愛用し続けているらしい……。
もしかして親父も美肌男子を目指しているのか?
この作品を応援する100円~
あなたの作品も投稿してみませんか?
応募はこちら