ココロとカラダのバランス

2022-06-15
作者:池邨 麻衣

一日中、朝から晩まで椅子に座ってパソコンに向かって仕事をする毎日。

「あ~、腰が痛い」

私は腰をぐ~っと伸ばしながら言う。

最近、夕方になるとつい言ってしまう口癖だ。

私が働いている会社は食品メーカーで、社員の大多数は営業としている。

かくいう私も入社してからずっと営業として日本各地を飛びまわっていたが、コロナ禍になってからは社内でのリモート業務を余儀なくされてしまった。

仕方ないことだとわかっていても、もどかしい。

そんな日々を過ごしていたある日、出社するとそこには見慣れない光景が広がっていた。

《バランスボールに座って仕事をすること!》

オフィスに入る前の掲示板にはそう一言書かれた紙が貼り出されていた。

“どういうことだ?“と疑問に思いながら、オフィスに入る。

すると、営業部のデスクの椅子がすべてバランスボールになっているではないか。

「え?これはいったい……」

何が起こったのかと呆然と立ち尽くす。

あとから出社してきたメンバーも驚きのあまり困惑している。

「みんな、おはよう!」

そんなとき、爽やかな営業スマイルとともに元気よく出社してきた部長がみんなに声をかけた。

「部長、あの……これって……?」

私はバランスボールを指さしながら、部長に尋ねる。

「これか!」

「 俺のアイディア!」

「今日からみんなでバランスボールに座って仕事しようと思って導入してもらったんだよ」

そう部長は嬉しそうに言う。

「いや、なんで急にバランスボールなんでしょう……?」

私だけでなく、他の営業メンバーも口々に部長に問いただす。

「え、ダメだった?」

「喜んでくれると思ったんだけどな~」

「みんな外に出られなくて元気ないし、腰や肩が痛いって言ってたから良いと思ったんだよ」

「しばらくこれで仕事してみてよ!」

部長はみんなが呆れた顔をしているのを意外そうに見ながら言う。

部長が突拍子もないことを言い出すのは日常茶飯事だ。

営業メンバーは、「は~」とため息をつきながら席につく。

「ぎゃっ!」

「結構、バランス取るの難しい……」

バランスボールに座ろうとするが、中々バランスが取れず上手く座れない。

そんな声があちこちから聞こえ、笑い声がフロアに響く。

昨日まで殺伐としていた空間とは思えないくらい、みんな笑っていた。

それを部長は嬉しそうに眺めている。

最初は苦戦していたが、日に日にコツを掴んでいった。

文句を言っていたメンバーも今では器用にバランスボールに座りながら仕事をしている。

そんな光景にも慣れてきたころ、部長が話しかけてきた。

「木原、最近腰の調子はどうだ?」

そういえばと部長に言われて気づく。

リモートワークになってからというもの、夕方になると私の腰は悲鳴を上げていた。

だが、最近は腰の痛みもなく快適だ。

「あれ?」

「そういえば最近腰痛くないです!」

不思議そうにしている私を見て、部長はしたり顔をする。

「それは、このバランスボールのおかげだよ!」

部長は近くのバランスボールに座って弾ませながらアピールしてくる。

「バランスボールは体幹を自然と鍛えてくれるし、バランスを保つために姿勢が正しくなるから肩こりや腰痛になりにくくなるっていわれてるんだよ」

「みんな一日中デスクワークで、肩こりや腰痛を訴えていたからよかった!よかった!」

部長がみんなのためを思ってバランスボールを導入してくれたのだと、このとき初めて知った。

「あ!それでバランスボールを導入したんですね!」

「それならそうと言ってくださいよ~」

メンバーと一緒になって、部長を少しおちょくりながらお礼を言う。

その後、営業部の噂を聞きつけた他の部署もバランスボールを導入し始めたらしい。

いつの間にか社内ブームになっていたのだ。

そんな社内の様子を知った社長の一言により、なんと健康グッズも新事業として取り扱うことになったのには驚いた。

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