希望の“ハル”

2022-08-24
作者:池邨 麻衣

「初めまして、近藤美和です。これからよろしくね!」

手を伸ばし、優しく撫でながら話しかける。

私に大人しく撫でられているのはゴールデンレトリバーの「ハル」。

今日から私のパートナーになる。

そう、ハルは盲導犬。

私は元々人より視力が悪く、小さいころからメガネっ子だった。

本を読むのが大好きだったので、時間があればひたすら読み漁っていた。

だが、成長とともに視力はどんどん下がり、度数を変える頻度も高くなっていった。

そのころの私は“本の読みすぎで視力が悪くなっているのかな”くらいにしか思っていなかった。

しかし、少しずつ身体の異変に気づくことが増えていった。

暗い場所でモノが見えにくくなり、モニターに映し出された文字などに書かれている文字なども読めない場面が多くなった。

道を歩いているとまっすぐ歩けずにモノにぶつかってしまうようにもなり、身体中にアザができた。

最初は気にしていなかったが家族や友だちにも心配されはじめ、不安になって病院で診察もらうことにした。

診断結果は「網膜色素変性症」。

数千人に一人の割合でなるという視力が低下していく進行性の難病らしい。

先生の言葉を受け入れたくなかった。信じたくなかった。

また少し視力が悪くなっただけだろうと思っていたので難病と言われ、まるで地獄に突き落とされたような気分だった。

いつか見えなくなるかもしれない・・・。

放心状態のまま、どうやって家まで帰ったか記憶にない。

病院に行くことを伝えていた母に電話する。

診断結果を話していると涙が止まらなくなった。

コトバにすることでそれが変えられない事実なのだと痛感させられた。

その日から私の生活は一変した。

何をするにもやる気がでない

いつ視力を失うかと怯える日々。

外に出るのが怖くて家から一歩も出られなくなってしまった。

そんな生活を数ヵ月続けていた私を見かね、家族や友だちが毎日家に来て、寄り添ってくれた。

周囲の支えもあり少しずつ落ち着いていく私の気持ちをよそに、視力はさらに落ちていき1人で出来ることが減っていった。

今まで自分1人で出来ていたことが、誰かの補助なしではできない。

私はまた、自分の殻にこもるようになっていった。

そんなある日、母から「盲導犬と生活するのはどうか」と提案をもらった。

ほとんどの時間を家の中で過ごしていた私を見て、どうにかまた外に出られるキッカケを作れないかと必死に調べてくれたようだ。

「盲導犬・・・?」

動物は好きだが、今まで動物と生活したことはない。

不安そうな私の表情を察してか、今週末に開催されるという体験歩行会に行ってまずは話だけでも聞いてみようと提案してくれた。

週末、体験歩行会に行ってみると私たち以外にも数名が参加していた。

盲導犬や盲導犬をパートナーにしている人の生活の様子などを教えていただいた。

その後の質疑応答では、これまで不安に思っていたことを質問した。

参加者やスタッフの方が丁寧に答えてくれて、不安が和らいでいった。

何より、歩行体験で実際に盲導犬と一緒に歩いたとき、これまで抱えていた不自由さが解放されていくのを感じた。

今まで1人では外に出られず、相手への申し訳なさもあって行きたい場所があっても我慢することが多かった。

そんな毎日が盲導犬と暮らすことによって変化するかもしれない。

頼もしいことこのうえない。

体験会に来てよかったと母に伝え、申し込みすることに決めた。

申し込みをし、盲導犬を迎えるための準備を進めていく。

申請をしてすぐに盲導犬を迎えられるわけではなかった。

生活環境の確認や共同訓練など、盲導犬を迎えるにあたって時間をかけてしっかり準備をしていく。

申請が通り、私のパートナーと出会う日が決まった。

去年の今日は私がハルと出会った日。

ハルと出会ったことで家にこもって怯える毎日が一変した。

近所を散歩したり買い物に行ったりと1人でできることが増えていった。

寒い冬を超えた先には希望に満ちたハルが待っている。

そうハルが教えてくれた。

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