はらぺこ

2023-06-28
作者:藤井 恭介

ここはとある農場。

気候は穏やかで、広大な敷地には毎日太陽がサンサンと降り注いでいる。

畑の一角には、青々とした美味しそうなキャベツがたくさん育っている。

そんなキャベツを、少し離れた柵の外にあるりんごの木から眺めている三匹の青虫がいた。

「なぁなぁ、アルファ、ベータ。俺、今日こそはあそこにあるキャベツを食べにいこうと思ってるんだ」

三匹のうち一番体の大きな青虫のガンマは力強く宣言した。

「ええ!ガンマ、あれは人間用に栽培されてるんだぞ?」

「そうだそうだ、奴らに見つかったらひどい目に遭うって……俺たちはこのりんごの木で、実や葉っぱを食べて大きくなろうぜ」

アルファとベータは必死にガンマを止めようとした。

「いいや、人間は俺たちよりも体が大きいし長生きだ。きっとあのキャベツにはとんでもない栄養が秘められているに違いない!お前たちにもあとで分けてやるよ」

そう言うとガンマはスルスルと木から降り、一直線に畑のキャベツへと向かっていいった。その姿はまさにキャタピラーのようだった。

「あー、行っちゃった。大丈夫かなガンマ」

心配するアルファ。

「たしかにちょっと興味はあるけどな~」

後ろ髪を引かれるベータ。

「ハァハァ、よしやっと着いたぞ~!では、いっただっきま~す」

ガンマは、夢中でキャベツの葉にかぶりつく。

「なんてみずみずしいんだ!いつも食べている葉っぱとは訳が違うぞ。これはいくらでも食べられそ、う……だ……」

突然激しいめまいに襲われたガンマは、たちまちキャベツから転がり落ちそのまま息絶えた。

原因は農薬だ。

野菜や果物の表面には農薬がついている。人間たちがそれらを水や洗剤できれいに洗って食べていることなど、青虫たちは知る由もない。

「うわぁ、見てよベータ。ガンマ動かなくなっちゃった」

「ありゃもうダメだな、そのうちアリがわんさかとやってくるぞ。俺、行かなくてよかったなぁ」

それから二週間後の夜、二匹はりんごの木でさなぎになって静かに羽化を待っていた。

遠くの空が白くなり、夜が明けようとしているとき同時に二つのさなぎがゆっくりと動き出した。

最初にさなぎの背が割れたのはアルファ。

見事な蝶となり、空へと羽ばたいていく。

「なんて気持ちがいいんだ~よし、新しい土地を目指して飛んでいくぞ~」

その羽にはツヤがあり、どこまでも遠くへ行けそうなほど力強く見える。

「あれ、そういえばベータは?」

ふとさなぎの近くに目をやると、そこには背が割れたあともなかなか羽がきれいに開かないベータの姿があった。

ようやく開いたその羽にはツヤがなく、少し羽ばたくだけで息が切れそうになる。

「うう~、すぐに疲れてしまうな、青虫のほうが楽しかったなぁ」

実はベータは、食べ物の選り好みをして、葉っぱは苦いからとあまり食べず、りんごも皮を残して人間のように中の甘い部分だけを食べて育っていたのだ。

果物の皮には、中の実や種を太陽の光から守るために、ポリフェノールやアントシアニンといった色のついた栄養素が豊富に含まれている。また、葉っぱもカテキンやフラボノイドといった栄養素を含んでおり、これらは優れた抗酸化作用で体の調子を整えてくれる。そんなことを知らないベータはその栄養を自ら放棄していた。

一方でアルファは、りんごの皮も葉も、好き嫌いなくなんでも食べていたというわけだ。

遠くまで、高く優雅に飛んでいるアルファの姿を美しい朝日が照らしている。

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