懐かしい香り

2023-04-12
作者:藤井 恭介

コトコトっコトっ!

スラリとした中年男性がエプロン姿で、コンロで火にかけている鍋に目を配っている。

「うん、今日もカレー日和だ。」

最近観たテレビドラマの影響か、鍋に向かってつい独り言を口にしてしまう。

日曜日の夕暮れ時、野球の練習から帰ってくる息子を待ちながら、久しぶりにカレーを煮込んでいる。なかなかいい時間だ。

ガチャ!

「ただいま~」

「おう雄一、おかえり。買ってきてくれたか?スライスチーズ」

「ああ、コンビニにあったよ。はい」

「おう、これで完成だ。さ、風呂に入ってこい。ちょっと早いけど晩飯にしよう」

野球推薦で高校入学時から鳥取で寮生活をさせていた息子と、この四月から一緒に暮らせることになり、今日は久しぶりの二人での夕食。

我が家のカレーは、豚肉、玉ねぎ、にんじん、ジャガイモといったオーソドックスな具材に、市販のカレールー(まろやか・スパイシー)を二種類混ぜ、隠し味に生姜とにんにくを加える。白米の上にスライスチーズをのせ、そこにルーをかける。すると、スプーンですくうたびにチーズが伸びてきて、小さかった雄一はそれを喜んで食べてくれていた。亡くなった妻の作ってくれていた味を再現したいのだが、どうもうまくいった試しがない。

そんなことを思い返しているうちに、雄一が風呂から上がってきた。

「じゃあ、いただきまーす」

「美味いなあ。これっこれ!こうやって父さんの作ったカレー食べるの久しぶりだから、嬉しいよ。よくカレー作ってくれてたよね」

「まあ、簡単だからな、カレーは。作り置きもできるし。母さんが死んでから、お前には寂しい思いをずいぶんさせたと思っている」

「あはは、小学生のときは、毎日学童へ行ってたもんね。でも中学で野球部に入ってからは、父さんと同じ時間に帰ることも増えたし、そんなに寂しくはなかったよ」

息子の言葉に少し目頭が熱くなる。こうやってまた高校卒業までは、一緒に飯が食えると思うと転勤してきて本当に良かったと思えた。

「あとな、カレーは栄養満点なんだ。育ち盛りのお前にはなんとか健康で大きくなってもらいたくてな」

「たしかに米、肉、野菜がバランス良く入ってるもんね」

「それだけじゃないぞ!カレーに使ってるスパイスにはいろんな良いことがあるんだ。からだを温めてくれたり、食欲を出してくれたり、新陳代謝を高めてくれたり、疲労回復の効果もあるからな」

「知らなかったなあ、そういえば俺、あんまり風邪を引いて学校を休むようなことがなかったし、今も部活で『楠那はタフだ』ってよく言われるよ」

雄一は笑ってそう応えると、昔の面影を残したまま、伸びたチーズを嬉しそうに眺めながら話を続けた。

「父さんの作るカレー、美味いよ。作ってるときから、ガッツリとした美味そうなにおいがしてるんだよね。学食より断然美味い」

「におい?ああ、隠し味に生姜とにんにくを結構入れているからかもしれないな」

「へ~、知らなかった!生姜とにんにくか~。ちゃんこ鍋みたいだね」

私は、はっとした。若いころに妻とによく行ったちゃんこ料理屋で、将来生まれてくる子どもにも力士のようにたくましく育ってもらいたいと話していたことを。

生姜とにんにくにもからだを温めてくれるほか、抗炎症作用や、疲労回復の効果がある。よし!次回カレーを作るときは、チューブでなく厳選した生の素材をたっぷりすり下ろして、鍋に入れてみよう。そういえば妻はいつもおろし金ですり下ろしてくれていたような気がするな。雄一が味の違いに気づいてくれるか、今から楽しみだ。

ふとキッチンに飾っている妻の遺影に目をやると、こちらに微笑みかけてくれているような気がした。

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