都会の人ほどよく歩く【作者:藤井恭介】

「都会の人ほどよく歩く」

Twitterを見ていて偶然見つけたこんなつぶやきをきっかけに、ちょっと調べたら厚生労働省のデータにたどり着いた。なんと成人一日あたりの平均歩数が都市部と田舎では二千歩も差があるらしい。

1日二千歩ってことは、1週間で一万歩以上も差がつくことになるのか。

どうしてこんなつぶやきが目に留まったかというと、最近母親が病院で「サルコペニア」と診断されたからだ。これは日ごろの運動不足と加齢によって、筋肉の量が減少してしまった状態のことらしい。ちょっと歩くだけで疲れ、立っているだけでフラフラしている母親を見ているのはなかなかしんどい。

僕が生まれ育ったこの町は田舎だ。

車は一家に一台。ではなく、一人一台所有している。

最寄りのコンビニまでは歩くと二十分以上かかるため、毎回車を走らせる。というか、近所の集まりに行くだけでも車を使う。もはや車に乗ることは靴を履いて出かけるのと同じような感覚なのだ。電車やバスといった交通機関が発達している都会だと、確かに自然と歩く機会は多くなるのだろう。

母親も例外なく、日常的にマイカーばかり使用するパターンだった。仕事をしていたとき、家から勤務先の農協までの移動は毎日車で、仕事内容もデスクワークが中心。定年退職後は特にこれといった趣味もなく家でテレビばかりを観ていた。そりゃ足腰も弱るはずだ。

病院からの指導で、夕方に散歩を始めた母親だったが、最近歩いている気配がないので問いただしてみた。

「なぁ、母さん。ちゃんと毎日散歩で五千歩は歩いとる?万歩計見せてよ」

「嫌よ。最近歩いとらんし」

「ダメだって、少しでもええからちゃんと歩かんと」

「同じ景色ばっか見て歩いても、何も面白うない。誰と会うわけでもないし、家でテレビ観とるほうがよっぽどええ」

たしかに、家から出て目に入る物といえば広大な畑と小さな放水路、ご近所さんの広いお庭に遠くの幹線道路。歩いていても、たまに車とすれ違うくらい。まだ一人で四季の移ろいを感じたり、花を愛でたりするような年齢ではないのだろう。何かいい手はないものか。

「そうだ、最近スマホに変えたよな。歩いて遊べるゲームみたいなアプリあるから、それやってみてや」

「そんなよくわからんのいらんて、だいたいファミコンとか私にはようわからんし」

「ファミコンとは全然違うよ、だまされたと思って日曜日一緒にやってみようよ」

日曜日の朝十時、母親と一緒に玄関を出て散歩へ向かう。一つひとつの所作が本当にゆっくりとしていて、見ていて少し辛かった。

二人でアプリを起動する。スマホの画面には、現在地を中心に、地図を象った仮想空間が広がっている。

「へえ、この真ん中にいるのが私ってことね」

「そう、そして画面の先にお城があるでしょ。実際に歩いてそのお城まで向かうとイベントが発生するから、まずそこまで歩こう」

設定した目的地は、近所の公民館。普通に歩いて三分くらいの道のりだ。

僕たちはゆっくりと歩きながら、途中に現れるアイテムを集めたり、モンスターと戦ったり、ゲームだけでなく昔話もしながら十分ほどかけて公民館へ到着した。

「はぁ、はぁ。着いたよ。健太。こっからは何をしたらいいん?」

公民館のイスに腰かけ、息を切らしながらも母親はスマホを片手に目を輝かせている。

ちょっとした運動をこなした達成感と新しい楽しみを覚えたという高揚感からか、その日は昼食も忘れ二人で三時間ほどスマホを片手に近所を散策した。

それから一ヵ月経ったある平日の夜

帰宅すると母の姿がなかったため、慌てて電話をかけた。

「もしもし!?」

「母さん、いまどこ?」

「家の近所よ、切るね。ゲームの邪魔やし。七時には帰るけ」

-プッ

母親はゲームのためと称しあれから毎日一時間以上かけて散歩をきっちりとこなしてくれている。万歩計の歩数もだいたい八千歩から一万歩で、さらにスマホゲームをきっかけに、近所の友だちも誘って一緒にイベントをクリアするという計画まで立てているようだ。

その後、みるみると「サルコペニア」の症状が改善に向かっていったことは言うまでもない。

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作者:藤井 恭介