弟がかかっていたワナ 【作者:藤井恭介】

晴れた日曜日の午後のこと

「姉ちゃん、ちょっと待って」

買い物の途中、弟はそう言って四条通の歩道の端に移動して屈伸を始めた。

「もう……また?」

「仕方ないだろう、こうやってたまに屈伸しないと、左足が痺れて歩けなくなるんだよ」

弟は小学生のころから野球を始めて、社会人になった今も毎週末草野球をしているほどの、根っからのスポーツマンだ。しかし、ここ二ヵ月の間に腰を痛めてしまい、二十分ほど歩くだけで腰から太もも、足首にかけて痺れるようになってしまった。

「ふ~、少し感覚が戻ってきた。よし!行こう」

「大丈夫なの?痺れるペースが前よりも速くなってない?」

「そうなんだよ。先週、市立病院で検査してもらったんだけど、ヘルニアに近い症状で『腰椎分離症』って診断されてさ。これは結構有名なスポーツ選手でも発症してるみたいで、手術しても完治はしないから、一生付き合っていくしかないって」

そう言って歩き出したものの弟の左足の動きはどうしても少しぎこちなかったので、私たちは近くの喫茶店に立ち寄って休憩することにした。ここはコーヒーが美味しいのはもちろんのこと、低めのテーブルとソファでゆっくりと休めるから、休憩にはピッタリだ。

「それにしても、どうして左足だけが痺れるのかしら」

「背骨の神経が、左だけ圧迫されているからだと思う。手も足も右利きだからそうなるのかな~」

「あ!バランスよ。健太、そういえばあんた、いつも同じ姿勢だったりして左右の身体の使い方が偏っているわ。それをあえて崩してみたら?」

「バランス?」

「そう、ほら今も。ソファに座って足を組むとき、あんたいつも左足が上になってる。他にもない?そういうの」

「わかんないよ。あるかもしれないけど」

「これから毎日の行動を振り返って、そういう偏りをあえて逆に直してみるといいわ。ウチの会社の社長がいつも教えてくれているの。『うまく行かないときはあえて全然違う逆のやり方をやってみなさい』って」

「それから『必要な栄養素は食事やサプリメントから毎日少しずつ摂り続けると年間ではたくさんの量になる』って。何事も日々の積み重ねが大事ってこと。早速今日から始めてみなさいよ」

「うわ、出た!姉ちゃんのすぐやる精神」

それから、弟は足の組み方以外にも日々の生活の中で気づかないうちに定着していた習慣を意識して逆の行動に変えていった。

二週間後

「姉ちゃん!すごいよ。最近俺歩くだけじゃ足が痺れなくなった!」

なんと!?あまりにも早い改善の知らせに、勢いよく問いただす。

「急すぎて信じられないんだけど、何がそんなに効果があったの?」

「言われた通りに、いろんな習慣を逆にしてみたんだけどさ、一番効果があったのは階段」

「マンションの?」

「そう。俺、いつも健康のために毎日六階まで階段を使っていたんだけど、いつも右足から先に踏み出して上がっていたのに気づいて、それを逆にしてみたんだ。初めて六階まで上ったときにびっくりするほど左足の筋肉が疲労してて、なんでだろうって思い返したら……」

そう言いながら弟は紙に書いて、その理由を説明してくれた。どうやら踊り場ごとの段数が七段なので、すべて右足から上ると、自宅のある六階に到着するときには右足は四十段分、左足は三十段分使うことになり、これが蓄積されることで、知らず知らずの間に右足の筋肉ばかりを使うことになっていた、とのこと。

それから、弟は意識して階段の昇り降りを左足から行い続けていき、今ではお医者さんもビックリするくらいに、腰の状態が安定している。

弟との外出中に、屈伸のための時間がなくなるのは非常にありがたいし、何よりも自分の気づきが、家族の健康につながった喜びは、きっとこれからの私の仕事にも活きていくことだろう。

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作者:藤井 恭介