カチャ・カチャカチャ・カチャ
ぽかぽか陽気の日曜日の昼下がり。今日もおじいちゃんは、居間の座椅子でテレビを観ながら、殻のついたくるみを二個、手のひらでくるくると回している。
「ねーねー。おじいちゃん、そのくるみ、いつになったら食べるの?」
「食べはせんよ、こうやって手の中でくるくる回すだけじゃ」
祖父である昭三からの思ってもみなかった回答に、小学二年生になったばかりの聡の頭にはクエスチョンが浮かんだ。
「へんなの、くるみって食べ物でしょ。お母さんがいつも食べ物で遊んじゃいけないって言ってるのに」
「はっはっは。遊んでいるように見えるか、たしかにそうじゃな。これはボケ防止になる運動なんじゃ」
「うんどう?手だけで?ふーん」
「聡もやってみるか?頭がすっきりするぞ」
小さな手のひらにくるみを二つ乗せてみたものの、うまく要領がつかめず、ポロポロとくるみは手からこぼれ落ちた。
「むずかしい・・」
「わはは。聡には、まだ早かったか」
「ぼくも早くできるようになりたいなぁ」
大人のやることをなんでも真似したくなる年頃だった聡は、それから毎日練習して、片手で二個のくるみを器用に回せるようになり、それがすっかり日常的な動作となった。
あれから十八年。
大学病院で研修医として勤務している聡が夜八時に帰宅すると、母親の由加子が出迎える。
「あら、今日は早いわね。今ご飯温めるわね」
「ありがとう。たまたまカンファレンスが早く終わったから」
カチャ・カチャカチャ・カチャ
食卓に着いた聡は、食事ができるまでの間、スマホを観ながらくるみを回し始める。
「あんたもおじいちゃんも、暇さえあったらそうやってくるみで遊んでるけど、何やってるの?」
「ああ、これ?もうクセみたいになってるけど、実は脳のリラックス効果がある運動なんだよ」
「それ、運動なの?」
「そう。大学生のとき、授業で知ったんだけどさ、手先を動かすことで神経を伝わって脳の活性にもつながっているみたいなんだ。あとは、この凹凸に手のひらのツボ押し効果もあるみたい」
手を開いてくるみを母親に見せて聡は説明を続ける。
「たしかにくるみ回しを覚えた小学校二年生くらいから、宿題に集中できたり、考えがまとまりやすくなったりして、どんどんと勉強が楽しくなっていったんだよね」
聡はそれからどんどん学力が上がり、見事ストレートで国立大学の医学部へ進学したのだった。
「あら~、私もやってみようかしら。最近患者さんの名前を忘れることが増えてきたのよ」
「いいと思うよ。脳は使わなかったらどんどん衰えていくし、血行にも良いから手先もきれいになるんじゃないかな」
カチャ・カチャ・カチャ
料理を運び終えた由加子は、聡からくるみを受け取ると、ぎこちなく手のひらで回し始めた。
「簡単そうで、案外難しいわね。あんたの頭が良いのも、おじいちゃんが元気なのも、くるみのおかげかもしれないわね」
「あ、そういえばおじいちゃんは?もう寝た?」
「今日は町内会の会合よ」
「ただいま~」
そう話をしていると祖父の昭三がハツラツとした表情で帰宅してきた。
今年で傘寿を迎える年齢にも関わらず、現役で夜のパトロールもこなしているスーパーおじいちゃんは、今日も暇さえあればくるみを回している。
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