そんなもん

2023-03-01
作者:藤枝 紫音

「何が仲間だ? お前はバイトで俺ら社員より格下だろ! 歳もお前のほうが下なのに何様のつもりだ! 

謝って許されると思うなよ!」

 何度思い出してもよくわからないが、価値観の違う人間というのはやはりどこにでもいるらしい。
 お店を良くしていくという同じ目標に向かって走る仲間などと、青春気取りの小っ恥ずかしい単語を柄にもなく使った結果、どうやらそれが火種となり怒られてしまった。
 謝罪はしたが、あまり納得はいかなかった。
 休日。私は何を間違ってしまったのか、とにかく誰かに話を聞いてほしくて高校時代の友人である琉那に家に来てもらう約束を取り付けた。琉那は快く返事をしてくれた。
「あんまり気にしちゃダメだよ。そういうことってよくあるし。ほら、これでも食べて元気出しな」
 私の話をひとしきり聞いた琉那は苦笑いを浮かべながらゴーヤを取り出した。
「ゴーヤ?」
「うん。ゴーヤとか、ほかには芽キャベツとかかな。そのあたりの食材に含まれるビタミンCって抗ストレスホルモンって呼ばれる「コルチゾール」の材料の一つなんだって。コルチゾール自体にはいろんな働きがあるんだけど、一時的に体内の血糖値を増やして、体がストレスに対処する準備をしてくれる働きもあるんだよ。ビタミンCのほかに、うなぎやアボカドに含まれる、ビタミンEもコルチゾールの生成に関係があって一緒に作用しあいながらさまざまなストレスに対する防御反応を高めてくれるんだってー」
「へー」
「ほら、それに懐に仕込んどいたら、次またなんかあったときに殴れるし。多分これで殴ったら痛いよ」
 琉那がゴーヤで素振りをする。やめろやめろ。たしかに痛そうだけども。
「食べ物を粗末にしないの」
「まぁ、それは冗談としてゴーヤにはそういうパワーがあるんだから! ゴーヤ好き? ゴーヤチャンプルでも作る? 料理して気分転換でもしよ!」
「……うん」

 二人でスーパーに行き食材を買いそろえ、初めてのゴーヤチャンプル作りが行われた。
 タネとワタの取り方はネットで調べた。ワタ取りは白い綿状の部分から、表の緑色が薄く見えてくるまでが目安らしい。優しくなでるように取り除くのがポイントだとお料理アプリに書いてあった。
「よし! 上手にできたね。じゃあ、いただきます」
 琉那の声に少し遅れて、小さく「いただきます」と声を出す。
一口食べる。琉那は料理をよくするが、私はあまりしたことがない。皿に盛り付けられたゴーヤやニンジンは少し歪な形をしていた。ゴーヤチャンプルの温かみが身に染みる……気がした。
「下とされる人間が上とされる者たちを仲間って言うのを許さない人間も多いんだよ。そういうのは育った環境とかこれまでの人生で得てきた経験がいくつも重なり合わさってできた価値観で、どうしようもないもんだ。仕方のないことなんだよ。それに君がどう思おうと、相手は変わらないしね。早く忘れるのが賢明だ」
 琉那が食べながら言う。
「仕方のないこと」
「そう。仕方のないこと」
「そんなもんか」
「そんなもんだよ」
 そんなもんなのかもしれない。
 いくら私が気にしたところで、相手の価値観がそう簡単に覆ることはない。私は下でも上でもない。私だ。考えるだけ無駄だ。それに、下だとか、上だとか。そんな考えを私の人生に取り入れたくもない。そんなことに一喜一憂したところで時間の無駄でしかない。
「ゴーヤ効果ありそう?」
 琉那が私の顔を覗き込んでいた。いつのまにか黙って俯いてたらしい。
「うーん。わかんない」
「あ、でも、コルチゾールはストレスを軽減してくれるけど、過剰に分泌され続けると、糖尿病の原因になったり免疫力が低下する副作用があるっていわれているからビタミンCを摂るだけじゃなくて、気分転換するとかいっぱい寝るとか、ストレスを軽減する工夫をちゃんとしなきゃダメだよ」
「うん」
 その後は琉那とゲームをして寝た。
 なんとなく、気が晴れた、気がした。
 明日も頑張ろう。

この作品を応援する100円~

応援するとは?

あなたの作品も投稿してみませんか?

応募はこちら

この作者の他の作品を見る