自作踏み台昇降

2022-09-21
作者:藤枝 紫音

踏み台昇降を作った。

やはり引きこもりといえど、日々の運動は必要だと、先日一日中ベッドから動かない生活をして察した。

一日ぶりに動かした身体はギシギシと音を立て、ベッドから立ち上がった瞬間床に崩れた。大きな音を立てて倒れたが、部屋はその音と私のうめき声以外しんと静まり返っていた。冷たい床を背に感じながら天井を見上げていると、孤独感やら罪悪感とともに涙が湧き出た。

 大学進学を機に上京したものの学校や土地に慣れることができず、休みがちとなり、中退。そのまま時間だけが過ぎていき、今では立派な引きこもりになってしまった。

バイトもしていないから毎月親から送られてくる仕送りでなんとか生きながらえている。親には小さい会社で働いてると嘘ついている。いつバレるかヒヤヒヤだ。

このままじゃだめだ。まずは体力をつけよう。数週間前、食料を買いに近くのコンビニに 行っただけで息切れを起こした。その時から思ってた。近くにあったスマホを手に取り「運動道具 室内 楽」と検索し、スクロールを繰り返す。ある商品で指が止まった。

箱? いやこれは台か? なんか三千円の箱が Amazonで売られている……。

不思議に思いながらクリックする。

踏み台昇降?

詳細を見てみると、踏み台を昇り降りするだけでジョギングやウォーキングと同じような有酸素運動ができるらしい。有酸素運動を続けることにより体力や筋肉がつき、代謝アップにもつながるんだそうだ。

今の私にぴったりじゃないか、とは思うものの。

「うーん、高いな。なんでただの台に滑り止めとか高さ調節機能をつけただけでこんな値段になるんだよ。色とか形とかいいんだよ。てか滑り止めってなんだ。昇り降りしてたら滑っていくのか?」

私にはただの台にこんなにお金をかけていられる余裕はない。なら、あるもので代用するしかないか……。

そう思って部屋を見渡すと、懐かしい箱を見つけた。

思い立ったが吉日。ということで、私は今、小学生時代の思い出を踏み続けている。最初こそは「そ、そんな、小学生のころずっと一緒だったお道具箱くんを踏むなんて私には……!」みたいな気持ちになったが、所詮はただの箱だ。普通に踏めた。お道具箱を踏みながら江戸時代くらいにあった「絵踏」を思い出したが、よく考えてみても今の現状と全然近くもないし、何も関係なかった。

しかし、このお道具箱、中身が詰まってないせいか、踏むとベコベコする。だからお道具箱の近くにいた、もう役目を終えた教科書たちを詰めた。まさか本来の役目を終えた後にこんな使われ方をするなんて彼らもびっくりだろう。

「これでもうベコベコしない! よし、テレビでも観ながらやるか」

テレビの前に持っていこうと、お道具箱へ手をかける。

「おっも⁉」

教科書が詰められ、ついでに高さも調節されたお道具箱は筋力が衰えまくった私には地獄のような重さだった。そこで小学生のころに使ってたキルトのバッグへ入れた。

「天才か、私……」

小学生時代の思い出で踏み台昇降できたわ。実質ゼロ円でしょ。まさか引っ越しの際にめんどくさがって適当に段ボールに詰めた小学生の頃の思い出たちがこんなところで役に立つとは。

今度こそ、とテレビの前へと持って行き昇り降りする。始めはちゃんとやっていたが、だんだんテレビに意識がそれていく。いつのまにか私の身体は踏み台昇降(笑)の上ではなく近くにあったベッドの上にあった。結局その日はゲハゲハ笑いながらテレビを観て寝た。

テレビはダメだわ。

前日の失敗から何も観ずに無心で昇り降りする。無音の部屋には私のゼェハァという荒い息だけが響いている。踏むたびに「なんだろうこの感じ……景色は変わらんし、つまらんし、虚しい。これ誰が発明したんだよ。てか、踏み台昇降の動詞ってなんだよ。さっきからすごい困ってるよ。『~をする』で合ってるの? 昇降ってついてるくらいだし『昇る』『降りる』なの? わからない……何もわからない……」と頭の中がぐるぐるとした。

余計なことばかり頭の中で駆け巡っていたそのとき、足が滑って、いや足もだが、主にお道具箱たちが床を滑った。私は背中から床に転けた。

やっぱり滑り止めって要るんだな。でも、もう代用できそうなものはうちには……

あ、あるじゃないか。風呂場の滑り止めシートが!

風呂場へと走って滑り止めシートを手に取り、キルトのバッグに入ったお道具箱の下へ敷いた。

「完璧じゃないか!」

自作踏み台昇降が完成した。

……なんだこれ。

この作品を応援する100円~

応援するとは?

あなたの作品も投稿してみませんか?

応募はこちら

この作者の他の作品を見る