【悲報】五十代男、年甲斐もなく美少女アニメにハマる

2022-06-08
作者:藤枝 紫音

男は疲れていた。

 毎朝七時に起き、八時に出勤。定時には自分のやるべき仕事をすべて終わらせる。それが目標だった。しかし、思い通りに連絡が取れない違う部署や取引先(彼らには彼らの仕事があるから仕方ないとは思っている)。定時を過ぎる少し前に仕事が終わらないと泣きついてくる後輩や同僚。なんか仕事を押しつけてくる上司。毎週のように入る出張。当たり前のように行われる休日の会議。いつも帰るのは二十二時だった。それがずっと続いている。

 土曜日の夜、二十二時三十四分。ようやく帰れる。眠気覚ましに何杯も何杯も飲んだコーヒーのおかげで目は覚めていたが、充血していた。家に帰ると冷蔵庫に晩ご飯が入っていた。レンジに入れて温める。

 男は疲れていた。

 涙が出た。つらい。普通につらい。約束された自分の時間が欲しい。自分の時間を求めるのは欲張りなのだろうか。休日にも求めちゃダメなのだろうか。一日中休める日が欲しい。妻や娘とおしゃべりする時間が欲しい。

学生時代に戻りたいと、娘を見るたびに思う。学生が楽な仕事だとは思わないが、学生が羨ましい。十六時には授業が終わり、そのあとの時間は各々が好きなように使える。勉強をしたり、本を読んだり、ドラマを観たり。受験勉強をしていたころに戻りたい。当時は面倒だったが、今の自分からしたら学びの時間は楽しかったに思える。

 男が泣いていると、いつのまにか外は明るくなっていた。妻と娘を起こさないようにと小さな音でテレビをつける。興味もない番組を回して、いつの間にかソファの上でうとうととし始めていた。

 男は疲れていた。

 時刻は八時半。妻も娘も今日はまだ寝ていた。

「ピリピピッ! 『魔法少女ピッピリン』の時間だよ!」

 突然耳に入ってきた高い声にハッとしてテレビを見るとアニメが始まったらしい。いわゆる美少女アニメ。それをぼーっと眺める。ピンクやら水色やら黄色の髪の色のかわいい女の子たちが学校で友達と過ごしたり、恋愛をしたりするよくある話。しかし、彼女たちは普通の女子学生とは少し違うところがあった。放課後なんと彼女らは魔法少女として世界の平和を守っていた。

男は昔から勉強することだけを求められ、アニメなどそういった娯楽の類のものは認められない幼少期を過ごしていた。唯一認められた娯楽は本を読むことのみだったが、それでも漫画などは禁止だった。その影響か男はアニメなど好んで見たことはなく、その日はそれをなんとなく見た。次の日曜日も男は例の美少女アニメを観た。彼女たちの諦めずに敵に立ち向かう姿はもちろん、各々が自分のコンプレックスに対し、それを乗り越えようと頑張る姿。それらに男はいつしか見入っていた。

 男は疲れていた。

 男は気がついたらコンビニで例の美少女アニメのおもちゃを買っていた。コンビニ店員にドン引きされ、帰宅後、娘にもドン引きをされた。

「きっしょ。いい歳したおじさんがそれはダメでしょ。事案だよ事案。正気に戻って。今ならまだ間に合う。いや、そんなの買ってきた時点でもう手遅れだわ。二度と私のお父さんって名乗らないで」

 娘の口から次々と出てくる罵声に男は目に涙を浮かべて叫んだ。

「うるせぇ~! 五十代で女児向けアニメにハマって何が悪いんだよ!! 俺が若いころに『魔法少女ピッピリン』はいなかったんだよ、仕方ないだろ!!」

 娘は汚物を見るような目で男を見た。

 それに妻が「まぁまぁ」となだめた。

「お母さん、この人と家族とかやってられない。離婚してよ」

「しないわよ。いい加減にしなさい」

 娘が泣く。泣きたいのは男の方である。

「あなた。それがあなたの楽しみなら私はいいと思うわ。生きる理由なんてたくさんあったほうがいいものね。あなたは大丈夫だと思うけど、マナーだけは守ってね」

 男は堪えていた涙を流した。

 男は疲れていた。

 あのあと妻に熱心に布教を行なった。妻はニコニコとそれを聞き、

「私も見てみようかしら。あなたがそんなに面白いって言うなら私も見てみたいわ」

 休日に二人で一気見をした。いつのまにか娘も一緒に観ていた。

 家族と一緒に過ごす時間を男は久しぶりに楽しんだ。

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