メタボリック心ドローム

2022-05-11
作者:谷口 知愛

「典型的なメタボリック(しん)ドロームですね。」

「…はぁ??」

僕は診察室に響く声量で素っ頓狂な声を上げ。

座っている診察椅子はギシッと軋み悲鳴を上げた。

何でこんなことになったのか……

事の発端は数日前、業務中に突然動けなくなったところまで遡る。

きっかけはなく

ただ突然に自信がなくなり、何に対しても気力が出ず。

『あぁ、僕はグズでノロマなおデブだ。』

なんとなくそう自覚した瞬間、体重だけじゃなく心もズッシリと重く感じ、

俺はまるで電池の切れたロボットのように動けなくなってしまった。

そして今、俺は診察室に座り

目の前の医者からヘンテコな病名を聞かされているのだ。

「まぁ、平井さんの場合はフィジカル面でのメタボも深刻ですしね…」

「はぁ…。」

そんなことはわかっている。

こちとら伊達に90kg超えのデブをやってるわけじゃない。

「なので、治療としてどちらのメタボも一気に解決していきましょう!」

そう言って医者はバッと意気揚々と白衣を脱ぎ

「そう!筋トレでね!!」

輝く白い歯と服がはち切れんばかりの筋肉を見せつけポージングをとった。

そこから医者…もとい中川先生との筋トレ治療が始まった。

「いろんな種類を少しずつやると今の平井さんにはしんどいと思うので

1つの筋トレで一気に色々な筋肉を鍛えてしまいましょう!」

先生は爽やかな笑顔でサラリと言うが、

僕は正直どんな厳しいトレーニングになるのかと想像し、

また気力がなくなっていくのを感じた。

「使うのはこれです!」

そう言われて先生に手渡されたのはただのタオル。

いきなりきついトレーニングから入るのかと思いきや

これでどう筋トレをすると言うのだろう。

ゴテゴテと重りのついたバーベルを想像していたので肩透かしを食らった気分だった。

「まず、タオルの両端を持ってピンと張るように腕を伸ばして

バンザイのポーズをとってください。」

僕は言われるままポーズをとり、足は肩幅より少し大きく開いて

つま先をやや外に向ける。

「その姿勢から『1、2、3…』とゆっくり時間をかけて

腰を下ろしていってください。」

そう言われて僕は腰をゆっくり降ろ……そうとしたところで止められた。

「下ろす時に上半身が前傾したり膝が内側に向いたり前に出過ぎないように

注意してくださいね〜」

そう言いながら先生は間違った僕の姿勢をサッと正していく。

「…っ!」

途端に筋肉への負荷が増したのを感じた。

そのまま先生がイイと言う位置までゆっくり腰を落とすと

お尻が踵につきそうなくらいになった。

もうこの時点で僕の脚はプルプルしている。

「ではその姿勢で股関節を閉じないようにしっかり開いて5秒待って

ゆっくり立ち上がりましょう!」

嘘だろ、プルプルして立ち上がれるかが不安だ!

「…ぅぐ、…っはぁ!!!」

うめき声を上げながらなんとか立ち上がり僕は大きく息を吐いた。

一回やっただけなのになんでこんなに汗だくになっているんだ…

「このスクワットは太もも、お尻だけじゃなくて背中、お腹、肩や腕の筋肉まで

ガッツリ動かすことになります。このスクワットを1セット10回。

それをスキマ時間でやるようにしましょう。」

「1セット10回…」

気力がなくなっていた僕にとって、それがとてもハードルが低いものに感じた。

その日から僕は言われた通り時間を見つけては

汗だくになりながらやり続けた。

1ヵ月、2ヵ月…。気づけば3ヵ月経ったある日、

業務でげっそりした同僚から声をかけられた。

「平井最近元気っていうかやる気満ちた感じになったよな。

ハァ…うらやましい…。」

「そうかな?だとしたらそれは筋トレのおかげかもね!」

この3ヵ月で僕は心身共に軽やかになったのだ。

そう、もうグズでノロマなおデブな僕はもういない。

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