よつば食堂と猫

2022-04-06
作者:正田 由香里

「とある山奥に不思議な食堂がある。

店の名前は「よつば食堂と猫」。

訪れる客は、蒼白な顔をしていて今にも死んでしまいそうな風貌なやつらばかり。

しかし、帰るころにはまるで魔法にでもかけられたかのように、イキイキとした表情を浮かべているのだ。」

俺はFacebookに書かれていたその記事が気になって普段は読まないコメント欄にも目を通した。

「私も行きました!すごく元気になって、人生が変わりました!」

「僕はたどり着きませんでした。嘘だと思います」

コメント欄は多様な意見で溢れていた。

俺はその食堂について検索しまくった。事実かどうかこの目で確かめてみたい。

その週の土曜日、俺はさっそく例の食堂をめがけて出掛けた。

登山スタイルだが、カバンの中は必要最小限。

目的地である山の麓に到着した。

そこから先の情報はない。

どうやら勘で行くしかないらしい。

もう二時間近く経っただろうか。いっこうに見つからない。

足が上がらなくなってきた。

大きめの岩に腰掛けて、水筒の水をごくごくと勢いよく飲む。

すると、どこからともなく美味しそうな匂いが漂ってきた。

昔よく嗅いだことのある匂いに近い。

どこから漂ってくるのだろうと立ち上がると、一匹の猫が視線の先にいることに気づいた。

「こっちだよ」というように走っては俺のほうを振り向くのを繰り返すのでついていった。

霧のようなものがあたり一面に広がってきた。

俺は猫を見失わないように必死についていく。

次第に匂いが濃くなっていく。

「あ……」

丸太小屋が見えてきた。

気づけば猫はいなくなり、霧も晴れていた。

「よつば食堂と猫」

「ここが例の食堂か」

俺は扉の取っ手に手をかけた。

「いらっしゃい」

白髪のばあさんが俺に向かって声を掛けた。

テーブルの上には一枚の紙としっかりと削られた鉛筆がある。

「その紙に悩みを書きなさい。それが今日のメニューになるからね」

意味はわからなかったが、とりあえず書き出した。

内容は……。疲れ切っている日常をつらつらと書いた。

しばらくして書き終えた俺は、その紙をばあさんに手渡した。

「ふむ」と言って、じっくりそれを読んでいた。

そんなものを読んでメニューが決まるのか。

俺はぼーっと店内を眺めていた。

突然、「ごはんだよ」と、ばあさんが背後から声をかける。

テーブルには白いご飯と味噌汁、ほうれん草のおひたしがあった。

まず味噌汁を口にした。

その瞬間、俺は違う世界にタイムスリップした。

目の前に勉強中の男の姿。
「う……ここは……あれ、実家か……?」

おそらくあれは俺だ。

部屋中にたくさんの数式や英単語が貼ってある。

大学受験前だな。

「晋、夜食持ってきたよ」

母さんだ。

「今日の夜食はね、いわしのつみれが入ったお味噌汁よ。いわしには頭の働きが良くなる成分がたっぷり入っているからね。それから風邪予防にもいいの。あとね、このほうれん草のおひたしは疲労回復やストレス緩和の働きもあるの。一緒に置いておくわね。しっかり食べるのよ」

「またいわしの味噌汁かよ、もう飽きたよ」

これは俺が受験のときに母さんが出してくれていた夜食だ。

特にこの味噌汁はしょっちゅう持ってきていたいわしのつみれの味噌汁。

俺は「もう食べ飽きたから」と文句ばっかり言ってたな。

「この味……懐かしいな……」

気づけば涙が溢れて止まらず、お椀の中にボタボタとこぼれ落ちていた。

それでも俺は亡き母を思いながら夢中で味噌汁を啜った。

帰りにお代を払おうとすると、ばあさんが二つ折りの紙を渡してきた。

「さっきのお味噌汁の作り方、ここに書いてあるから、今度は自分で作りなさいな。仕事も大変みたいだね。食事もしっかりとって、栄養のあるものを食べて休むときは休むんだよ」

紙を広げるとレシピが丁寧に書かれていた。

その間には四つ葉のクローバーが挟まっていた。

ほっこりした気持ちで食堂を出た。

途中、振り返ってみると、あったはずの丸太小屋が消えており、あの猫が俺をじっと見つめていた。

おわり

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