涼子の温活~14枚の靴下~

2022-05-25
作者:木佐貫 瀬那

「涼子、最近痩せた? それになんか、元気だよね。なんか良いダイエットしてるの? 運動? でも、運動嫌いだったよね」

「これこれ」

「えっ……何それ」

加奈は私の足元を見て驚いている。それもそのはず、靴下を14枚履いた私の足は、27センチの靴を履いている。

今からちょうど1年前の夏に遡る。

体が弱く、低血圧で朝はしんどいし、すぐに体調を崩したり、運動をすると疲れてしまうため運動不足で筋肉が無い、太りやすい、など、いわゆる「未病」を山のように抱え、病院に行っても薬ももらえず、悩んでいた。

悩んでいようが仕事はあるし、毎日朝はやってくる。今までにいろんな健康法やダイエットを試したが、あまり効果を感じられなかった。

ある休日の朝、クーラーの効いた部屋でアイスティーを飲みながら、健康雑誌をぱらぱらとめくっていた。

「冷え取り」というワードに目が留まった。

そこに書かれてあったのは、冷えを取ることで健康になる。人が健康に過ごせる体温は平熱36.5度以上。近年、平熱の低い若者が多く、その大半が何かしらの不調を抱えている、というものだった。

「私のことだ」

平熱35度。調子の悪い日だと、34度台が出ることもある。

雑誌に顔を近づけ、端から端まで読み込む。

なんでも冷え取り健康法とは、靴下や肌着を絹や綿の素材にし、重ね着するのが基本らしい。頭寒足熱を実現するため、上半身は薄着でも、下半身、特に足元を温かくすること。

靴下は絹の五本指→綿の五本指→絹の靴下→綿の靴下、のように重ねる。最初の2枚は5本指を履くのがルールらしい。お風呂は半身浴。これも下半身を温めるため。

また、食事の回数を減らすか、量を減らす。食事を取ると体の血流が胃や腸に集められるため、手先足先が冷えるからだ。その代わり、好きなものを食べていい。理想は茶色い食べ物にすること。ご飯なら白米より玄米、グラニュー糖より黒砂糖、など。

冷たい飲み物は飲まない…。

書いていることすべてに納得できる。冷え取り、頭寒足熱というだけあって、下半身を温めること。そう難しいことでもないし、試してみるか。

始めてしばらく、靴下をたくさん履くのが大変で、脱いで洗濯するのも大変で、少し嫌になった。お風呂には5分も浸かればのぼせたし、思ったより大変だった。

だけど、ご飯を1日1食にしたことで、いつもパンパンだったお腹が少しマシになった。きっと空腹のせいだろうと思いはしたけど、1日1回しか食事ができないと思うと、その日の献立を考えるのが楽しくなった。今までは惰性で食べていたのに、今日は何を作ろう、何を食べようと考え、レシピ本を開いている。

そうこうしていると靴下は4枚だったのが6枚になり、10枚になった。不思議なことに、たくさん履いているほうが、冷えていることを実感できるので、温めるためにさらに重ねるようになった。

お風呂には1時間浸かっていられるようになり、その間に読書をするようになった。

気づけば冷え取りにハマってしまい、冷たい飲み物も飲まなくなったし、平熱は36度まで上がっていた。

「すごい、効果出てる!」

このまま36.5度を目指そう、と思いつつ、今日も大量の靴下を干す。

「涼子、最近痩せた?それになんか、元気だよね。なんか良いダイエットしてるの?運動?でも運動嫌いだったよね」

「これこれ」

「えっ……何それ」

加奈は私の足元を見て驚いている。それもそのはず、靴下を14枚履いた私の足は、27センチの靴を履いている。

体温は現在36.3度。もう少し。

喫茶店の入り口にある体温計を見て、にやりと笑う。

「ダイエットなんてしてないよ、ちょっと意識を変えてみただけ」

冷え取りはもはや『健康法』ではなく、日常になった。

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