ひとたび身を起すと、ふつと湧き出すしびれともしどけなさともつかぬ感覚に悩まされていた。
かれは田ノ上邦陽(たのうえくにはる)といい、猫背で内反膝、すこし骨ばった体型が特徴といえば特徴の今年32となる青年を過ぎたばかりの男子であった。
新聞社に勤めており、主に編集に携わることで生計を立てている。
かつて物書きを目指していたときには喝采された作品もあったが、今は会社に流されるままにペンを執っている。
その日も日頃と変わらぬように仕事を終えペンを置き、帰宅のため席を立とうとしたとき、腹とは逆側に鈍い痛みを感じた。
何時間も身体を固めていたことにすぐ思い当たり、伸びをして背筋をほぐすことで和らげようとする。
しかしあくる日も回復せず、むしろ酷くなるばかりの現状に気は滅入り、なぜこのような目に遭うのか、どうしてこんなに困っているかれを誰も助けようとしないのか、と何処に届くともしれぬ不平を思った。そんな中、とうとう床を出ることもできなくなり、ついにやせ細るばかりであった。
たまらず整形外科にかかったとき、かれの大腿部は一般のそれと比較しても小さく、両の手の平で抱えてなお指どうしが触れ合うほどであった。
医師の診断するところによると、ヘルニアや内臓疾患などが原因といえないということで、理学療法によって生活習慣を是正する提案を受けた。
理学療法(リハビリテーション)が進められた理由として、痛みの原因が特定できない場合には筋力不足などの身体的な要因が影響していることが上げられた。
普段から運動を避けた生活を続け筋力が衰えると、体重を支えるために関節の負担が増大し痛みの原因になるのである。
さらにそれら痛みによって身体を動かさずにいると、悪循環を及ぼす可能性があるのだという。
身体を動かさないことや、痛みのことばかり考えることによりストレスが発生すると、脳の仕組みが機能しにくくなり神経が過敏となる。これによりさらに痛みを感じ、一層、身体を動かさなくなるのだという。
こうした悪循環は痛みが継続的に続く事由の一例に過ぎないものの、はやく痛みを取り除くために採れる選択肢として、可能な範囲で身体を動かすことが勧められる理由となっている。
また、体重が急に増加することも関節への負荷が増え、痛み発症の可能性を高める要因となるため、食生活と合わせた治療が大切と言える。
医師の診断を受けるところで、かれは過ごした年月を思い返した。浮かぶのは過ぎた日々への悔悟であり、身体が治ったとして訪れるだろう日々への失望であった。
物書きを目指していたかれは、心臓に宿る情熱のまま文字を綴り、ただ伝えたい一心で著した作品が喝采を受ける、その当時の感覚を憧憬する。
やがて仕事に復帰したとき、よい機会とばかりに合間を見て執筆を始めていく。やはり以前のようにとはいかないものの、今まで奥でじりじりと燻ぶっていた炎が、色をもって輝きだす感覚があった。これほどかれに趣味深くうれしく感じるものはなく、果たして腐心していった。描いた結末への言葉を選ぶ。作品が読まれる姿を想い描く。昂る拍動が言うに言われぬ思いをそそる。かれは心ゆくまで文字を手繰ることを楽しむのであった。
ひとしきりを終え、帰り支度をしようと立ち上がる間際、ふと脚に違和感を覚えた。やもしれず背をさするが不快な感触はぬぐえず、気づけば冷汗が首筋を伝っている。
腰を労わるよう過ごすうち、知らず膝に負担をかけていたのかもしれない。嘆息するがその類の辛苦を経験して対策の重要性は承知していた。筋力をつけたことで体重が増加していたことも原因かもしれない。
まずは座に腰掛け、脚を振りほぐすことから始めていく。この身はままならぬもの、と何処に届くともしれぬ不平を思うのであった。
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