ジリガチャッ!
目覚ましが叫んだ。まどろみながらそれを待っていた僕は、反射的にそれを黙らせる。
鳥の声が、今日の始まりを伝えてくる。
何ひとつ昨日と変わらない、退屈な毎日。それを繰り返すのがたまらなく嫌だった。
「はやく起きなさい! もう学校行く時間でしょ!」
中学校生活も半分を過ぎたというのに、母はいつも変わらない。
わかっちゃいるが、言われるとやる気がなくなるというものだ。
「わーってるよ……ちゃんと起きるから」
「朝ごはん食べてから行きなさいよ。頭、回らなくなるからね」
むー、と不満をこぼしつつトーストを口に押し込んでいく。
脳のエネルギーであるブドウ糖を、寝ているときに消費した分補充する必要があることは知っていた。
毎日のつまらない時間の中で唯一、大切でかけがえがないと思うのは友人との交流だった。
「おっす! なーに朝から辛気臭い顔してるのさ。今日のテスト勉強してないとか?」
と、校門前で僕の肩をたたいてくるのは、僕にとって親友と言える、仲のいい同級生だった。
「いつも楽しそうだな。お前は」「そうか? サンキュな」
ほめてないのに好意的に受けとってくるポジティブな人。
調子を合わせてくれているのかと引け目を感じたときもあったが、やがて誰に対してもこんな感じなのだろうと思うようにした。
一緒にいて楽しいのだから、わざわざ避けることもない。
「俺、転校することになった」
――は? 数秒前までいつもと変わらないやりとりがあった中、唐突にでてきた”転校”というワード。
頭の中がぐわんと回ると同時に地の底へ落ちていくような浮遊感があった。
彼は話を続けていたが、僕の耳には何も届いていなかった。
校舎内で彼と別れ、自分の教室に入ってやっと、その言葉を理解し始めてきた。
なんということはない、学生ならばよくあることだ。
そう自分に良い聞かせ、席が近くの人と他愛ない会話を始める。
だがそうしている間も気は晴れず、腹には澱(おり)のようなものが残りつづけた。
――終わった。
違う、1日が終わった。いつもどおりの今日が終わっただけだ。
気もそぞろに部活動を終え、帰宅した僕を母はねぎらいの言葉とともに迎えてくれる。
「お帰り。今日もお疲れ様。ご飯できてるよ」
朝にわずらわしく感じていた声や話し方が、とても懐かしく感じる。
「――ごめん、ちょっと聞いてほしいことがあって……」
親に何かを相談するなんて照れくさかったが、助けを求めずにいられなかった。
怖かった。今までどおりの関係が変わってしまうことが。
退屈な毎日が嫌だったはずなのに。変わってくれればと求めていたのに。
最後に彼と別れたとき、どんな言葉をかけたかすら覚えていない。
あれからしばらく経った今、僕は成人を迎え、世界はインターネットの浸透によりずいぶん狭くなった。
いくつか不変の常識だと信じられていたことさえ変わっている。
例えば「卵は1日1個まで」「睡眠は夜10時から深夜2時がゴールデンタイム」。
今は卵を1日に2個以上食べてもよいのが新説だし、いつ寝るかより入眠後3時間の成長ホルモンがたくさん出るとされている時に睡眠が途切れないようきちんと眠ることの方が大切だとされている。
もちろん何事にも限度はあるし、規則正しい生活が大切なのは変わらないが。
変わらないものなんてない、と理解できるようになったのは、きっと彼のおかげだろう。
いるのが当たり前と思っていた人は、失ってからその大切さに気づくのだ。
だからこそ、今あるものを大事にしようと思う。
親元を離れた僕は、大学生活の一日ずつを噛みしめるように過ごしている。
今日帰省したのは同窓会の連絡を受けていたためだ。元は畑だったはずの場所にある住宅街を見ると切なさがこみあげてくる。
「おっす! 久しぶり! 相変わらず辛気臭い顔してるな」
変わらない日々を思い起こさせる、なじみのある声が聞こえた。
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