僕には持病がある。
生まれてから段々と体が弱くなっていく病気らしい。そうして起き上がれなくなって、終いには若くして死んでしまうらしい。このせいで小学校も行けない。だから友達もいない。
高学年になったとき、ついに車椅子が手放せなくなった。するとお父さんが
「地元の知り合いに専門のお医者さんがいるから、頼ってみよう」と言い出した。
都心からお父さんの実家がある沖縄県の田舎に引っ越してきた。
空気がとてもきれいで、夜には満点の星が見える。一面には海が広がっていて、のどかだ。方言はよくわからないけど、近所の人はみんな優しいし、生活には困らない、そんな場所。
けれど、この町には一つ、ある噂があった。
「この町の海岸には大食らいの神様が住みついている」
干潮時、そこに食べてほしいものを持って行って渡すとなんでも食べてくれる。そんな神様がいるらしい。
大人はみんな、ホームレスかなにかを見間違えただけだと言っていた。
けれど、もし本当に何でも食べてくれるなら、僕の「病気」も食べてほしいな、と思った。
引っ越してきてから一年が経ったころ、僕の持病はますます悪化してとうとう歩けなくなった。
一週間後、なぜかお医者さんから外出許可が出た。お父さんとお母さんは心配してたけど、シロタと一緒にお散歩に行くことにした。今度いつ一緒にお散歩できるかわからないから。お医者さんもそう思ってくれたのかもしれない。
三十分くらい進むと、視界の隅に階段が見えた。岩垣の隙間から下をのぞき込むと、真っ白な海岸が広がっていた。
午後三時。お散歩日和だ。シロタは車椅子の僕に合わせてゆっくりとなりを歩く。道路は舗装されているけど、その周りは海、海、海。潮風が心地良くて、久しぶりに楽しい気分になった僕は夢中で車椅子を動かした。
「この町の海岸には大食らいの神様が住みついている』
もしかして、ここがその場所なんだろうか。海岸には見たことのない植物が咲いている。気になって、もう少し近づいてみようとしたときだった。
「あー! また変な坊主が来よった……って、ん?お前のつれのシーサーは白いのか。珍しいな!」
「遊びに来たの? ここまで来るの大変だったろうにねえ」
なにやら、黄色と赤の派手な着物?を着た子が二人木陰から出てきた。その子たちの両脇には、見たことのない犬が。
僕がぽかんとしていると、二人は慌てた様子で自己紹介を始めた。
「おれは、速玉男尊」
「わたしは、事解男尊」
「僕は、笑太……」
「「ショータ、一緒に遊ぼう!」」
そう言うや否や、二人は僕を下の浜辺まで連れて行ってくれた。
そこには、さっき見た不思議な形をした植物や、きれいな貝殻なんかがたくさん落ちていて、僕に全部プレゼントしてくれた。
僕も渡せるものはないかとリュックを漁ると、ここに来るまでに近所のおばあちゃんからもらったラップに包まれた「ムーチー」というお菓子がでてきた。それを二人に渡すとこれが好物なのか、目を輝かせて口いっぱいにほおばっていた。
「ムーチーは縁起の良い菓子なんだ!健康にももってこいだぞ」
そのあと、僕はふたりからたくさんの質問責めにあってしまったけれど、とても楽しかった。友達がいるって、こんな感じなのかな。
午後六時。
そろそろ暗くなってくるころだと、ふたりは僕に帰るよう促した。帰りたくなかった僕は、いつの間にか涙があふれて止まらなくなった。履いてきたジーンズがいとも簡単に変色していく。
二人は困った顔を見合わせ、さっき食べた「ムーチー」を包んでいた月桃の葉で結びを作ると、僕の掌にそっと置いた。
「これは……?」
「魔除けだ。大事にしてたらショータの病気も治るぞ!」
「「サングヮー」って言うんだ。元気になったらまた遊びにおいでよ」
元気になったら。
二度と遊べなくなるわけじゃないと言ってくれたみたいで、とても嬉しかった。
一年後。
僕は自力で立てるまでになっていた。お医者さんも驚いていたし、両親もとても喜んでいた。何か治療をしたわけではなかったのだが、あの日の話をすると、お医者さんがあの浜辺の上に建っている『波上宮』の話をしてくれた。
「あそこは県内でもっとも格式が高い神社で、無病息災、健康長寿の神様がいるんだよ」
「サングヮー」も、実際に魔除けや厄除けに使われるお守りらしく、子どもを襲う魔物や病気から身を守ってくれるものらしい。
明日、僕は本土に帰る。その前に、もう一度あの浜辺へ行かなければ。
地平線の向こうまで広がる青々とした海。続く岩垣、摩訶不思議な植物。
「「ショータ!」」
二人はあのころと変わらない姿のまま、浜辺で貝を拾っていた。
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