まあまあ

2023-02-22
作者:せとやまゆう

20年くらい前の話になるけれど、僕は進学校と呼ばれる高校に通った。

校舎は小高い丘の上にあって、周りは緑に囲まれていた。

通学は、晴れの日は自転車。

雨の日もレインコートを着て自転車。

入学当初から、学校やクラスの雰囲気に馴染めなかった。

休み時間は机に突っ伏して、眠くもないのに眠いフリをしていた。

昼休みは時間が長いから、苦痛でしかなかった。

1人で素早く弁当を食べ、図書室へ。

窓から中庭の景色を眺めて、ただ時間が過ぎるのを待った。

当時は、読書の楽しさを知らなかったから。

何度も辞めてしまおうかと思った。

でも、僕は辞めなかった。

その理由は、尊敬できるたくさんの先生に出会えたから。

特に高校3年生のときの担任の先生には、とてもお世話になった。

教科は国語で、古典と現代文を教えてくれた。

少し強面だけど、生徒思いの人間味に溢れた先生だった。

大学受験が近づいてきた初冬、僕は前立腺炎になった。

医師からは、長時間の座り過ぎが原因だろうと言われた。

主な症状は、残尿感と頻尿。

用を足しても出し切った感じがせず、すぐにトイレに行きたくなる。

不快な感覚が一日中続き、なかなか勉強に集中できない。

特に、気温が低い午前中は症状が顕著である。

自宅のトイレに籠っていたり、病院に行って診察を受けたりした。

そのため、午後から登校することが増えた。

先生はいつも僕の身体を気遣って、優しい言葉をかけてくれた。

そして、恥ずかしいだろうからと、他の生徒には病気のことを内緒にしてくれた。

僕は志望校を1つに絞った。

狙うのは、地元の私立大学の特待生。

入学試験で高得点を取れば、4年間の授業料が全額免除される。

親に、経済的な負担をかけたくなかったからだ。

ひたすら過去問を解いて、試験に必要な科目だけに集中した。

座り過ぎは良くないから、自宅では立ったまま勉強。

努力の甲斐あって、志望校に合格。

次第に、身体の調子も良くなってきた。

先生は、自分のことのように喜んでくれた。

卒業式の日、教室でクラスの全員に贈ってくれた言葉。

「人間万事塞翁が馬。この先の人生、色々なことがあると思う。良いことがあっても、まあまあ。悪いことがあっても、まあまあ。そう思いながら、生きていってほしい」

一言一句覚えてはいないが、こんな感じだった気がする。

大人になって、その難しさを痛感している。

悪いことが起こると、落ち込み過ぎて負の連鎖。

良いことが起こると、浮かれ過ぎて失敗。

その度に、この言葉を思い出す。

「先生、いつまで経っても、僕は上手に生きることができません。やはり、努力が足りないのでしょうか?」

「まあまあ上手に生きていければ、それでいいじゃないか。完璧でないほうが、人間らしくて僕は好きだよ。君は、君のままでいいんだ」

にっこり笑って、先生はそう言ってくれそうな気がする。

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