20年くらい前の話になるけれど、僕は進学校と呼ばれる高校に通った。
校舎は小高い丘の上にあって、周りは緑に囲まれていた。
通学は、晴れの日は自転車。
雨の日もレインコートを着て自転車。
入学当初から、学校やクラスの雰囲気に馴染めなかった。
休み時間は机に突っ伏して、眠くもないのに眠いフリをしていた。
昼休みは時間が長いから、苦痛でしかなかった。
1人で素早く弁当を食べ、図書室へ。
窓から中庭の景色を眺めて、ただ時間が過ぎるのを待った。
当時は、読書の楽しさを知らなかったから。
何度も辞めてしまおうかと思った。
でも、僕は辞めなかった。
その理由は、尊敬できるたくさんの先生に出会えたから。
特に高校3年生のときの担任の先生には、とてもお世話になった。
教科は国語で、古典と現代文を教えてくれた。
少し強面だけど、生徒思いの人間味に溢れた先生だった。
大学受験が近づいてきた初冬、僕は前立腺炎になった。
医師からは、長時間の座り過ぎが原因だろうと言われた。
主な症状は、残尿感と頻尿。
用を足しても出し切った感じがせず、すぐにトイレに行きたくなる。
不快な感覚が一日中続き、なかなか勉強に集中できない。
特に、気温が低い午前中は症状が顕著である。
自宅のトイレに籠っていたり、病院に行って診察を受けたりした。
そのため、午後から登校することが増えた。
先生はいつも僕の身体を気遣って、優しい言葉をかけてくれた。
そして、恥ずかしいだろうからと、他の生徒には病気のことを内緒にしてくれた。
僕は志望校を1つに絞った。
狙うのは、地元の私立大学の特待生。
入学試験で高得点を取れば、4年間の授業料が全額免除される。
親に、経済的な負担をかけたくなかったからだ。
ひたすら過去問を解いて、試験に必要な科目だけに集中した。
座り過ぎは良くないから、自宅では立ったまま勉強。
努力の甲斐あって、志望校に合格。
次第に、身体の調子も良くなってきた。
先生は、自分のことのように喜んでくれた。
卒業式の日、教室でクラスの全員に贈ってくれた言葉。
「人間万事塞翁が馬。この先の人生、色々なことがあると思う。良いことがあっても、まあまあ。悪いことがあっても、まあまあ。そう思いながら、生きていってほしい」
一言一句覚えてはいないが、こんな感じだった気がする。
大人になって、その難しさを痛感している。
悪いことが起こると、落ち込み過ぎて負の連鎖。
良いことが起こると、浮かれ過ぎて失敗。
その度に、この言葉を思い出す。
「先生、いつまで経っても、僕は上手に生きることができません。やはり、努力が足りないのでしょうか?」
「まあまあ上手に生きていければ、それでいいじゃないか。完璧でないほうが、人間らしくて僕は好きだよ。君は、君のままでいいんだ」
にっこり笑って、先生はそう言ってくれそうな気がする。
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